綸子を知っている。何も物事がわからんくせに、白綸子だけを知っている。わしはどうして浅野主従のために、重ね重ねひどい目に遭うのか)
上野は混乱した頭の中で、
(わしは内匠頭に殿中で斬られたために、強欲な意地悪爺のように世間に思われた。わしの方が何か名誉回復のために仕返しでもしたいくらいだ。それだのに、わしが前に斬られかけたということが、なぜ今度殺される理由になるのか。まるきり物事があべこべだ)
人々が黒々と集って来た。
小肥りの、背のあまり高くないのが来ると、
「大夫、どうも上野殿らしく!」と、一人が丁寧にいった。
(これが、大石か)と、上野が思ったとき、
「傷所を調べてみい」
二、三人が手早く肩を剥き出して、手燭をさしつけた。
「あります」
大石は、頷くと、雪の中へ膝を突いた。上野は、おやっと思いながら、ちらっと見ると、
「吉良上野介殿とお見受け申します。われわれは元浅野内匠頭の家来――大石内蔵助良雄以下四十六名の者でありますが、先年は不慮のことにて……」
と、雪の中に手をついて名乗りかけた。
(なるほど、これだ。大石は、やはり大石だ。なぜ、あのとき江戸におらなんだ。大石が
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