わしは殺されるのだ。どこに、物の正不正があるのだ。わしは、殺された上に、永劫《えいごう》悪人にされてしまうのだ。わしの言い分やわしの立場は、敵討という大鳴物入りの道徳のために、ふみにじられてしまうのだ)
 上野は、炭を掴んで投げつけた。用人が、槍を持っている男の側を兎のようにくぐって、外へ出たとたん、雪の上に黒い影が現れて、掛け声がかかると、用人はよろめいて手を突いた。
「この中が、怪しいのか」
 もう一人の男が、ずかずかとはいって来て、上野の着物の白いのを見当に、
「参るぞ!」と、刀を振り上げた。
「大石がいるか」上野がきいた。
「誰だ! 貴公は」
「大石がいたら……」
「いなさる」
 上野は、
(大石がいたら、この筋の立たない敵討を詰《な》じってやろう)と、思いながら、立ち上ろうとして、よろめいた。後から来た男が、襟首を掴んで、引きずろうとした。
 上野は、
(主も無茶なら、家来も無茶なことをする連中だ)と感じたが、恐怖に心臓が止りそうで声が出なかった。そして、ずるずると引きずられて出た。
「やあ! 白綸子を着ている」
 外で待っていた一人がいった。誰かが、呼子の笛を吹いた。
(白
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