斬られそこなったからといって、その家来に敵と狙われる理由がどこにあるか。まるで、理屈も筋も通らない恨み方ではないか。わしに何の罪がある。ひどい! まったくでたらめだ!」
 上野介は、寒さと怒りとに、がたがたふるえながら首を振った。
 物音が、少し静かになった。
「行ったのかな」
「いいえ。まだまだ」
 二人は、炭俵の後方に、ちぢんでいた。雪を踏んで、足音が小屋を目指して近づいて来るのがきこえた。

          十

 戸が軋って、雪明りがほのかにさしこんだ。
「しまった、だめだ」と思ったとき、戸口へ火事装束らしい姿の男が現れて、槍をかまえながらはいろうとした。用人が、薪を掴んで立ち上ると、投げつけた。その男は、たちまち戸口へ飛び出すと、
「この中が怪しいぞ」と、叫んだ。そして、もう一度槍を構えて、
「出ろ!」と、叫んでじりじりとはいって来た。用人は、炭を、薪を、投げつけたが、用人の後の白衣《びゃくえ》を着た上野の姿を見つけると、
「ええい!」と、叫んで、突きかけて来た。上野は、後へ下ろうとして、荒壁へ、どんと背をぶっつけたとたん、太股をつかれて尻餅をついた。
(何の罪があって、
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