分かった! しかし、内匠頭をいじめたようにとかく噂されている上に、今度はその敵討を恐れて逃げ回っているといわれて、わしの面目にかかわる。来たら来たときのことだが、千坂、結局噂だけではないか」
「なれば結構でございますが。しかし、万一の御用意を」
「だが、引き移るのはいやだよ」
「それならば、、お付人として、手の利いたものを詰めさせる儀は」
「うむ。それもいいが、なるべく世間の噂にならぬように」
「はは」
千坂は、この頑固な爺と気短な内匠頭とでは、喧嘩になるのはもっともだと思った。しかし、この頑固さを、世間でいうように、強欲とか吝嗇《りんしょく》とかに片づけてしまうのは当らないと思った。
九
どどっと物の倒れる、めりめりと戸の破れる、すさまじい響きが遠くの方でして、人の叫びがきこえてきた。上野介は、耳をすました。
「火事だ」という声がした。
(この押しつまった年の暮に不念な。邸内かな、それとも隣屋敷か……)と、思いながら上野は、
「火事か」と、隣にいるはずの近侍に声をかけた。そして、半身を起すと、畳を踏む音、家来の叫びが、きこえた。
「火事はどこだ。誰かいな
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