ば、それが仕官の種になりますし、失敗に終っても元々です。だから、この際、思い切って上杉邸へお引き移りになったらいかがですか」
「いやなことだ!」上野介は、首を振った。
「わしは、ちっとも悪いことをしたと思っていない。わしと内匠頭の喧嘩は、七分まで向うがわるいと思っている。それを、こんな世評で白金へ引き移ったら、吉良はやっぱり後暗いことがあるといわれるだろう。わしは、それがしゃくだ」
「御隠居も、なかなか片意地でございますな」
「うむ。だが、わしはつまらない喧嘩を売られたとしか思っていない。わしは、喧嘩を売った内匠の家来たちに恨まれる筋はないと思っている」
「理屈は、そうかも知れませぬが」
「一体、浅野浪人の統領は誰だ!」
「大石と申す国家老でございます」
「大石内蔵助か。あの男なら、もっと事理《わけ》が分かっているはずだ。わしを討つよりか、家再興の運動でもすると思うが。わしを討ってみい、浅野家再興の見込みは、永久に断たれるのだが」
「さようでございましょうが、禄を失いました者どもは、それほどの事理を考える暇がございますまい。公儀という大きい相手よりも、手近な御隠居を……」
「分かった!
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