評議して下手人を出すにおいては、褒美として、お救い米の高も、他所よりも心をつけてやるとこう仰せられるのじゃ。が、もし三日のうちに下手人が相知れぬにおいては、庄屋を初め名主、村年寄一統を下手人の代りに磔に上げるかも知れないぞ、とこう仰せられるのじゃ。
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(嘆息嗟嘆の声高し)
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茂兵衛 その上、詮議中その方たちに手錠を申し付けるという御沙汰で、この有様じゃ。(激しくしばたたく)それでな、わしが思うに、あの騒動中に誰の打った礫《つぶて》が、松野様に当ったか、打った当人にもわかるものじゃないと思う。が、御一統のうちで礫を打った心覚えのある人は五人や十人はあると思う。その中でな、村の難儀を救ってやろうと思うお人は、名乗って出てもらいたいんじゃ。
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(一同水を打ったように静まりかえってしまう)
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茂兵衛 御一統のうちでな、礫を打った覚えのある人は、村一統を救うと思うてな、名乗り出てもらいたいんじゃ。
村年寄甲 難儀なことになったものじゃのう。
村年寄乙 恐ろしい災難じゃのう。
名主一 皆さん、今きかれる通りじゃ。御奉行様は、またこう仰せられた。下手人が、相知れぬときには、村一統の者をくくり上げて、あくまでも糺明するつもりじゃとのう。
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(一同顔見合わせ蒼白になってしまう)
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村人五 わしは、左の手に炬火を持ち、右の手に竹槍を持っていただけに、礫を投げようたって投げられやせなんだ。
村人二、三 わしやってそうじゃ。
村人四 わしやってそうじゃ。わしは、松野様のお馬が見えたとき、すこ飛びに逃げたわ。
村人七 わしは、またずっと後れていたけに、松野様のお馬はおろか御家中の姿やこし、まるで見かけなかったわ。
勘五郎 おいおいみんな、自分の身の明しを立てるよりも、今は村の難儀を考えるときじゃぞ。
藤作 そうじゃ、よういった。よういった。自分の身一つ逃れるよりも、村の難儀を逃れる工夫をするのが肝心じゃ。
茂兵衛 (それに力を得たごとく)そうじゃ、今勘五郎どのや、藤作どののいわれる通りじゃ。この村にお奉行様の姿を見かけて、石を投げ打つような、大それた暴れ者のおらんことは、わしが誰よりも、よう知っとる。が、時の災難で、不祥な嫌疑を受けたのを不運と諦めて、村一統を救うつもりで誰ぞ、名乗って出てもらいたいのじゃ。……(間)……そういったところで、おいそれと名乗って出られるものでない。命う放り出すのじゃけにのう。が、昔佐倉領の宗五郎様は、自分の命を投げ出して、百姓衆の命を救うたけに、今でも神様に祭られている。誰ぞ自分の身一つ投げ出し、村一統の難儀を救うてくれる人はないか。
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(一座、寂として声なし。ただ、嗟嘆の声が洩れるのみ)
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茂兵衛 御一統、誰も石を投げた仁はないか。
名主一 ええないか。誰ぞ、石を投げたものは、おらんか。石を投げた覚えのある人はその石が松野様に中《あた》ったと諦めて、名乗って出てくれ。
茂兵衛 どなたもないか。
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(一座、顔を見合わすのみ。一人も声を発するものなし)
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茂兵衛 それならば、しようがない。是非に及ばぬことじゃ。村一統知らぬ存ぜぬで、どなにひどい責苦にでもかかるのじゃ。その代り、みなもその覚悟してな、入牢《じゅろう》の腹を決めて下されな。俺《わし》も、ことによっては、磔にでもなんでもなる覚悟をするけにな。
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(皆凄惨な気に打たれる。そして動揺して、口々に眩き出す)
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村人五 藤作、わりゃ石投げたじゃねえか。
藤作 (驚いて)滅相もないこと、ぬかすな。われこそ真っ先に行ったけに、石投げたじゃねえか。
村人五 何をぬかす、この阿呆め。
藤作 お前こそ何ぬかすだ!
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(二人まったく掴み合いになろうとして、傍人から止められる)
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村年寄甲 誰ぞ村の難儀を救う人ないか。あの騒動のとき石投げた人はないか。
村年寄乙 村のために、誰ぞ出てくれい。誰ぞ出てくれ。
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(一座また静まって声を発するものなし)
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茂兵衛 じゃ、皆覚えがないというなら、わしゃ、そういってお奉行様に、お返事申し上げるほかはないぞ。念のためにもう一度だけ、きこう、あの騒動のときに、誰ぞ石を投げたものはないか。あの騒動のときに、誰ぞ石を投げたものはないか。石を投げた人は村のためじゃと思って出てくれ。
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(甚兵衛は、最初より茫然として、人々の話をきいていない。ただ庄屋の最後の声が大きいので、ふと耳をかたむける)
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村年寄甲 さあ、今じゃぞ、石を投げた覚えのある人は出てくれ。
村年寄乙 村を救うてくれるのなら、今じゃぞ。今出てくれんと、村はえらい難儀になるんじゃ。
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(村年寄の絶叫する声を聞いて、甚兵衛むくむくと立ち上る。甚作驚いて制止しようとする)
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甚兵衛 なんやと、騒動のときに、石を投げた者ないかいうのけ。
村年寄甲乙 そうじゃ。そうじゃ。
甚兵衛 (子供のごとく無邪気に)わしゃ投げたぞ。
村年寄村人たち ええ、甚兵衛どん。お前投げたか。
甚兵衛 投げたとも。わしゃ二つ投げたぞ。
村年寄村人たち ほんまか。ほんまか。(驚喜す)
甚作 (駆けよって)兄や、何いうんじゃ。
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(おどろいて兄の口を制せんとしながらいう)
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甚兵衛 (うるさそうに、弟をはねのけながら)ええ、あっちへいとれ。わしゃ、投げたぞ。おまけに、一つの方はこななでっかいやつじゃ。藤作どん。われも投げていたじゃないか。勘五郎どん、われも投げていたじゃねえか。
勘五郎 (愕然として)滅相な、わりゃ何をいうだ。
藤作 (同じく)ほんまじゃ。人違いして何いうだ。
甚兵衛 そうけ。人違いだったか。わしゃ皆投げていたけに、わしも真似して投げたんじゃ。
勘五郎 (なお震えながら)滅多なこというな。そりゃ、皆|他村《よそ》の衆じゃ。
甚兵衛 そうけ。
甚作 兄や、わりゃ、何も知らないで、そななこというが、いうとたいへんなことになるぞよう。今の嘘じゃといえ、早ういえ!
甚兵衛 嘘じゃねえ。われこそ、何いうだ。早う家へ帰っとれ!
甚作 よし、帰っておっ母にいってやる。
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(甚作飛ぶように駆け去る)
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茂兵衛 甚兵衛どの、こっちへござっしゃれ。
甚兵衛 おうなんじゃ、庄屋どん。
茂兵衛 おぬし、石を投げたに相違ないか。
甚兵衛 おう、投げたとも。一つはこなにでっかいやつじゃ。
茂兵衛 誰を目当てに投げたんじゃ。
甚兵衛 誰彼なしじゃ。わしゃ、皆が投げていたけに一緒に投げたんじゃ。
茂兵衛 甚兵衛どの。おぬしは、この村の難儀を救うてくれるか。
甚兵衛 わしゃ、何がなんだか知らねえだ。
茂兵衛 おぬしが、松野様に石を投げたというてくれると、この村の者が、みんな助かるのじゃ。この村の者は、お前を神様のように、一生あがめるのじゃ。どうじゃ松野様に石を投げたというてくれるか。
甚兵衛 わしは、なんだか知らねえが、ええだとも。
村人たち (口々に)甚兵衛どん、拝みますぞ。拝みますぞ。お前さんの恩を、一生涯忘れんぞ。
甚兵衛 わしは、そういうてくれると、嬉しいだ。嬉しいだ。こなな嬉しいことは生れて初めてだ。
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(快く微笑す)
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茂兵衛 (役人たちの方へ向いて)おききの通りでござりまするが、この者が松野様に石を投げたに相違ござりませぬ。
役人 少し愚鈍の者と見えるが、申立てには誤りはあるまいな。
茂兵衛 愚鈍とは申せ、至って正直者にござりまする。
役人 よし、役所に召しつれて、よく調べるであろう。甚兵衛とやらに縄打て!
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(この時、甚吉たち三人の兄弟、あわただしく駆けてくる)
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甚吉 (甚兵衛に、飛びついて引き据える)この阿呆め! 何いうだ。何をろくでもないことを喋るんだ。親兄弟の首に、縄がかかるのを知らんのけ。
甚兵衛 何するんだ。何するんだ。わしゃ、石を投げたんじゃ。投げたんに違いないんじゃ。
甚吉 何ぬかす。この阿呆め!
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(甚兵衛を叩こうとする。村人七、八止める)
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村人七、八 何するんじゃ。仮にも、兄たるものに、手をかけるやっがあるけ。
甚吉 お前さんたちじゃ。お前さんたちじゃ。こなな阿呆のいうことを取り上げて、こなな阿呆を下手人にして、罪を逃れようとして。庄屋どんも、きこえんぞ。阿呆はええけど、阿呆につながる親兄弟の難儀をどうするんじゃ。
村人七 なんやと。こなな阿呆じゃと。そなな阿呆を、どうして一揆に出したんじゃ。おぬしのような利口な息子が三人もあるのに、そなな阿呆を何故一揆に出したんじゃ。甚兵衛が石を投げたというのも、みんな、お前たちが投げさしたんじゃないか。
甚吉 ええ、何をぬかす。お前たちが皆、よってたかってこの阿呆になすりつけたんじゃないか。
村人八 何ぬかす、そなな阿呆なら、なぜ一揆にやるんじゃ。
村人たち そうじゃ。そうじゃ。
甚吉 (甚兵衛に取りすがって)早う、いうたことを取り消せ。松野様に、石を投げたというと、お前磔じゃぞ。
甚兵衛 (さのみ驚かず)磔じゃとてええわ。村の衆が、みんな欣んでくれるんじゃもの。
甚吉 阿呆め! 俺のいうことをきいて、早う取り消せ。早う、取り消せ。お前のためにいってやるんじゃぞ。
甚兵衛 あははは。わしのため! あははは。わし二十九になるけど、お前がわしのために、ええことしてくれたこと一つもありゃせん。
甚吉 ええ何ぬかす。この阿呆め。……お庄屋様、お役人様。兄の申すことは、みんな嘘でな。こりゃ、阿呆じゃ。足らんのじゃ。こななもののいうこと、お取り上げになっては困りまする。お願いでござりまする。(座って狂気のように頭を下げる)
甚兵衛 (弟にならって頭を下げながら)お庄屋様、お役人様。ほんまじゃ。わしは、こななでっかい石投げたんじゃ。馬に乗ったお武士が来たけにのう、それを目がけて、こななでっかい石投げたんじゃ。
甚吉 何いうだ。この阿呆め。お前のような不具者に石が投げられるけ。
甚兵衛 何いうだ。お前は一揆について来んじゃもの。わしがしたことがお前にわかるけ……。わしゃこななでっかいやつを……。
甚吉 (兄に掴みかかる)何ぬかす……。(
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