川には、小鮒一つやて、おりゃせんわ。山には、山の芋どころか、のびるだって、余計は残っておらんぜ。
およし もう一月もしたら、何食うやろうぜ。
甚三 おおかた壁土でも食っているやろう。
甚作 滝の宮の方じゃ、もう松葉食うとるだ。
およし 民百姓がこなに苦しんどるのに、お上じゃまだ御年貢を取るつもりでいるんじゃてのう。
甚作 御年貢米の代りに、人間の乾干しを収めるとええぞ。
およし 明和の飢饉じゃて、これほどではなかったのう。
甚作 あの時には、お救い小屋が立ったというじゃないか。
およし そうじゃ、そうしゃ。わしもな、お救い小屋のお粥をもろうたがなあ。ひどい飢饉じゃったけれどもな、今度ほどは困らなかったぞ。みんな、お上がよかったからじゃ。御家老様が、偉い御家老様だったでな。お蔵米を惜しげもなくお下げになったのじゃ。
甚三 今度は、お蔵米どころか、こちらを、逆さにして鼻血まで、搾り出そうとしている。
およし わしもなあ、長生きしたおかげで、食うや飲まずの辛い目にあうことじゃ。
    (ふと、この家に来た用向きに気がついて、いいにくそうに)おきんさん。わしゃ、お頼みがあって来たんじゃがな。
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