よりも大事じゃ。百本ばかりある大根が、冬中のおもな食物《くいもの》じゃけになあ。
甚三 お母《かあ》、木津の藤兵衛の家じゃもう食物《くいもの》が尽きたけに、来年の籾種にまで、手を付けたというぞ。
おきん 藤兵衛が家でけ。ええ気味じゃ。藤兵衛の嬶《かかあ》め、俺がいつか小豆一升貸せいうて頼んだのに、貸せんというてはねつけやがったものな。
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(おきん、台所へ入り水を汲んで大根を洗っている。隣家の老婆、およし入ってくる。ぼろぼろの着物を着て、瘠せはてている)
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およし 甚作さんたち、何しているんでや。
甚作 これから、魚掬いに行くんじゃ。
およし お前の所じゃ、まだそななことができるから、ええな。わしの所じゃ、老人《としより》夫婦で泥鰌一匹捕ることやてできやせん。食べるものは、もう何にもなしになってしもうた。
甚三 およし婆さん。羨むなよ。これでな、二人で一日中小溝を漁ってもな、細い泥鰌の二十匹も取ればええ方じゃぞ。
およし そうかな。
甚三 この近所じゃ、銘々で取り尽して、
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