おきん (すぐ警戒するような顔をして)何じゃ!
およし あのな、えらいいいにくい頼みじゃがな。お前とこの大根を、一本貸してもらえんかな。
おきん (黙っている)……。
およし 村中で、みんな羨んどる。おきんさんところじゃ、よう大根作ったいうてな。飢饉で何もできなかったのに大根だけはようできた。おきんさんは、よう気がついたいうてな。
おきん (大根を大切そうに包丁で、切りながら)おぬしには、この朔日《ついたち》にも一本貸してやったな。
およし ああそうそう。わしもよう覚えているでな。御時世がようなったら、十倍にも百倍にもして返そうと思っとるんじゃ。じゃけどな、おきんさん、わしはたびたび無心いいとうはないんじゃけどな、家の爺《じじい》がな、二、三日前から、病《わずら》いついてな。……食うものも食わんのじゃけに、病《わずら》いつくのも当り前じゃがな。それでな、青物が食いたい食いたいいうて口ぐせのようにいうとるのでな。何ぞ、食べられるような草があるかと思うてな、野面を走り回ったけれども、冬の真ん中じゃで何もないんじゃ。わしの亭主、助けると思うてな。大根一本融通してくれんかな。御時世が直った
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