ながら)この不具者めがな、今鍋の大根を、盗んで食うていやがるんじゃ。それでな俺が怒鳴りつけるとな、俺に食ってかかりゃがってな、俺の顔を殴ちゃがったんじゃ。
おきん 本当けい。この阿呆のど不具《かたわ》め。大根やこしお前の口へ入るものじゃねえだぞ。お前なんかに、粟の飯一杯も惜しいけどな、同じ人間の皮|被《か》ぶってるけにな、毎日一杯ずつ恵んでやっとるんじゃ。それを有難いとも思わんでようもようも盗み食いしやがった。吉、根性骨にしみるほどどやしつけてやれ。
甚三 おっ母、昨日畑の大根取ったのもこいつかも知れんぞな。
おきん そうじゃ。そうじゃ。それに違いない。みんなして、牛小屋の中へ追い込んでな。
甚兵衛 (まったく抵抗力を失いながら)なんぼ不具じゃとて長男の俺を牛小屋へ住わせて、粟の飯たった一杯ずつあてごうて……。
おきん 何いうぞ。この飢饉の時節に、粟の飯一杯じゃとて、惜しいぞ。吉、その頬げた一つひねってやれ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(甚吉は、いわれた通りにする)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
甚兵衛 ああ痛い! 痛い
前へ 次へ
全52ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング