村《よそ》の衆じゃ。
甚兵衛 そうけ。
甚作 兄や、わりゃ、何も知らないで、そななこというが、いうとたいへんなことになるぞよう。今の嘘じゃといえ、早ういえ!
甚兵衛 嘘じゃねえ。われこそ、何いうだ。早う家へ帰っとれ!
甚作 よし、帰っておっ母にいってやる。
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(甚作飛ぶように駆け去る)
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茂兵衛 甚兵衛どの、こっちへござっしゃれ。
甚兵衛 おうなんじゃ、庄屋どん。
茂兵衛 おぬし、石を投げたに相違ないか。
甚兵衛 おう、投げたとも。一つはこなにでっかいやつじゃ。
茂兵衛 誰を目当てに投げたんじゃ。
甚兵衛 誰彼なしじゃ。わしゃ、皆が投げていたけに一緒に投げたんじゃ。
茂兵衛 甚兵衛どの。おぬしは、この村の難儀を救うてくれるか。
甚兵衛 わしゃ、何がなんだか知らねえだ。
茂兵衛 おぬしが、松野様に石を投げたというてくれると、この村の者が、みんな助かるのじゃ。この村の者は、お前を神様のように、一生あがめるのじゃ。どうじゃ松野様に石を投げたというてくれるか。
甚兵衛 わしは、なんだか知らねえが、ええだとも。
村人たち (口々に)甚兵衛どん、拝みますぞ。拝みますぞ。お前さんの恩を、一生涯忘れんぞ。
甚兵衛 わしは、そういうてくれると、嬉しいだ。嬉しいだ。こなな嬉しいことは生れて初めてだ。
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(快く微笑す)
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茂兵衛 (役人たちの方へ向いて)おききの通りでござりまするが、この者が松野様に石を投げたに相違ござりませぬ。
役人 少し愚鈍の者と見えるが、申立てには誤りはあるまいな。
茂兵衛 愚鈍とは申せ、至って正直者にござりまする。
役人 よし、役所に召しつれて、よく調べるであろう。甚兵衛とやらに縄打て!
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(この時、甚吉たち三人の兄弟、あわただしく駆けてくる)
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甚吉 (甚兵衛に、飛びついて引き据える)この阿呆め! 何いうだ。何をろくでもないことを喋るんだ。親兄弟の首に、縄がかかるのを知らんのけ。
甚兵衛 何するんだ。何するんだ。わしゃ、石を投げたんじゃ。投げたんに違いないんじゃ。
甚吉 何ぬかす。この阿呆め!
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(甚兵衛を叩こうとする。村人七、八止める)
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村人七、八 何するんじゃ。仮にも、兄たるものに、手をかけるやっがあるけ。
甚吉 お前さんたちじゃ。お前さんたちじゃ。こなな阿呆のいうことを取り上げて、こなな阿呆を下手人にして、罪を逃れようとして。庄屋どんも、きこえんぞ。阿呆はええけど、阿呆につながる親兄弟の難儀をどうするんじゃ。
村人七 なんやと。こなな阿呆じゃと。そなな阿呆を、どうして一揆に出したんじゃ。おぬしのような利口な息子が三人もあるのに、そなな阿呆を何故一揆に出したんじゃ。甚兵衛が石を投げたというのも、みんな、お前たちが投げさしたんじゃないか。
甚吉 ええ、何をぬかす。お前たちが皆、よってたかってこの阿呆になすりつけたんじゃないか。
村人八 何ぬかす、そなな阿呆なら、なぜ一揆にやるんじゃ。
村人たち そうじゃ。そうじゃ。
甚吉 (甚兵衛に取りすがって)早う、いうたことを取り消せ。松野様に、石を投げたというと、お前磔じゃぞ。
甚兵衛 (さのみ驚かず)磔じゃとてええわ。村の衆が、みんな欣んでくれるんじゃもの。
甚吉 阿呆め! 俺のいうことをきいて、早う取り消せ。早う、取り消せ。お前のためにいってやるんじゃぞ。
甚兵衛 あははは。わしのため! あははは。わし二十九になるけど、お前がわしのために、ええことしてくれたこと一つもありゃせん。
甚吉 ええ何ぬかす。この阿呆め。……お庄屋様、お役人様。兄の申すことは、みんな嘘でな。こりゃ、阿呆じゃ。足らんのじゃ。こななもののいうこと、お取り上げになっては困りまする。お願いでござりまする。(座って狂気のように頭を下げる)
甚兵衛 (弟にならって頭を下げながら)お庄屋様、お役人様。ほんまじゃ。わしは、こななでっかい石投げたんじゃ。馬に乗ったお武士が来たけにのう、それを目がけて、こななでっかい石投げたんじゃ。
甚吉 何いうだ。この阿呆め。お前のような不具者に石が投げられるけ。
甚兵衛 何いうだ。お前は一揆について来んじゃもの。わしがしたことがお前にわかるけ……。わしゃこななでっかいやつを……。
甚吉 (兄に掴みかかる)何ぬかす……。(
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