[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
茂兵衛 (老眼をしばたたき一座を見回しながら)かような姿で、御一統にお目にかかり面目のうござる。
村人一 なんのそなな斟酌がいるもんけ。村のために、そなな身にならしゃったことはわかっているでな!
村人たち ほんまじゃ。ほんまじゃ。そなな会釈はいらんぞっ! それよりも早う、話しとくれ。
村年寄甲 しっ、静かに。
茂兵衛 そういわれては、なおさら面目ない。わしらの申し開き拙いによって、かように村中一統の難儀になったのじゃ。
村人一 庄屋どん、そななことよりも、今日の首尾、その手錠の子細を早う話してくれ! 気にかかってしようがないわ。
茂兵衛 そう、おせきなさるな。話すなというても、話さずにはおられんことじゃ。実はな今日新郡奉行|筧《かけい》左太夫様のお役宅へ出たのじゃ。ところが、御奉行様の仰せらるるには、お上が今度の一揆に対しての御沙汰は恩威並びに行うという御趣意じゃと、こう仰せられるのじゃ。それでな、年貢米は、嘆願によって免除する代りに、一揆の発頭人は、一昨日御坊川で磔にした。また、松野八太夫様に礫《つぶて》を打った下手人は、草を分けても詮議するとこう仰せられるのじゃ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(一座から激しく嘆息がきこえる)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
  それでな、御奉行様の仰せらるるには、一揆が香東川の堤にさしかかった時は、弦打村の百姓が、真っ先だろうとおっしゃるのじゃ。
村人たち (口々に)それや、嘘じゃ……なんぼ奉行様の仰せでも、それは間違うとる。大間違いじゃ。……大間違いじゃ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(村人たち口々に打ち消す)
[#ここで字下げ終わり]
茂兵衛 まあ! 黙って聞いて下され。一揆の発頭人たちが、そう白状したと御奉行様が仰せられているのじゃ。
村人たち (銘々嘆息する)……。
茂兵衛 それにな。何より悪いことは、松野様が落馬あそばした所が、地蔵堂の手前で、まぎれものう弦打村の境内《さかいうち》じゃ。御奉行様もいわれるのじゃ。弦打村の者が先手にいたといい、松野どのの果てられたところが、村の境内といい、嫌疑がその方たちに懸るのを不祥と諦めいとこう仰せられるのじゃ。それでな、御奉行様内々の仰せでは、村中で
前へ 次へ
全26ページ中15ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング