。おっ母が、ええようにするだ。わしに委しとけ。わしが、ええようにするだ。わしが、われら、誰も行かんでええようにするけに。
甚吉 阿呆いうな! おっ母のような年寄、委しとけるけ。
おきん ええ、黙っとれ、お前らは。入っとれいうたら、入っとれ。入っとれ。
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(おきん、息子たち三人を押し込むように、奥に入れる。そして、台所へ行く。出刃包丁を持って、母屋と牛小屋の間から奥底へ行くと、炬火の薪と手頃の竹竿を持って出てくる。先端を、出刃でとがらせる。それから、牛小屋の戸のしんばり棒をはずす。このとき、覆面をし手槍を持った一揆の首領二人、炬火を持った多くの一揆に囲まれながら、出てくる。村人勘五郎が、案内している)
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勘五郎 (首領に)へえ。この家にも男手が、ございまする。
首領の一人 わしは、綾郡さる村に住む郷士じゃ。今度諸人助けのために、御年貢米御免の嘆願の一揆を起した者じゃ。同心か不同心か、どちらじゃ。同心するにおいては道々、所々在々の大百姓の家を叩き壊して、金銀米穀を分けてやる。
他の一人 同心なら、同心の印に加担人一人を出せ。不同心ならすぐこの家を叩き壊す。その方たちを打ち殺す。どちらじゃ。
おきん (震えながら)へえい、へえい。同心でございますとも。わしたち小百姓には、救いの神様でござります。ありがとうございます。おありがとうございます。加担人を出しますとも。(牛小屋の前へ進み戸を開ける)おお、甚兵衛、お前、そなな所へ隠れていないで出てこいや。何も恐いことありゃせん。わしたちの難渋を救うて下さる神様じゃ。早う出てこい。
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(甚兵衛の手を掴んで引きずり出す)
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おきん さあ! これを持ってな。このお方たちの後からついて行け!
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(竹槍と炬火を渡す)
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甚兵衛 わしは恐い。わしは恐い。
おきん 何をいうぞ。お前、ぐずぐずいうたら、竹槍で突き殺されるぞ。(竹槍を強いて押し付けながら)はよう、しっかり持たんけいな。
甚兵衛 わしゃ
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