おきん さあ、皆して、放《ほお》り込んでしまえ! これからは、粟の飯ももったいないや。水だけでたくさんじゃ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(三人は、母にいわれたごとく甚兵衛を手込めにして、牛小屋へ入れる)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
甚兵衛 どうするだ! 何するだ! われたち! この兄をどうするだ!
甚吉 何が、兄だい! われのような不具の阿呆を誰が兄に持つものけ。
甚兵衛 どうするだ! どうするだ!
甚三 (次兄に加勢しながら)ええ、黙って、この中にすっこんでおれ!
甚作 (同じく手を貸して、担ぎ上げながら、二人の兄のよりは、やや優しく)盗み食いやこしするけに、こなな目にあうのじゃ。おとなしゅう、小屋の中へ入っているがええぞ。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(三人、※[#「足へん+宛」、第3水準1−92−36]《もが》いている甚兵衛を、牛小屋の中へ担ぎ込んでしまう)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
甚兵衛 何するだ! どうするだ。(叫びながら、担ぎ込まれる)
おきん 出られないように戸を閉めて、しんばり棒、こうとけ。明日から粟の飯一杯もやらんぞ。(やや声を低めて)今時、死んだとて、誰も不思議がりゃせんわい。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから4字下げ]
(甚吉、戸を閉め、棒を探してきて、しんばり棒をかう。この前より、周囲がようやく暗くなり始める)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
おきん 吉、きいたか。綾郡に一揆が起ったということを。
甚吉 きいたとも。御城下でえらい騒ぎじゃ。香東川の堤で、早馬に二度も行き会うたぞ。
おきん それでのう、御城下に押し寄せる道筋じゃけに、この村へも追っつけ来るでのう、加担するか加担せんか評議するためにのう、八幡様で暮六つから集りがあるから来いいうてな、勘五郎どんが、ふれて来たぞ。
甚吉 一揆の加担人《かとうど》か。こんな時、下手まごつくと首が飛ぶし、それかというて、後込《しりご》みしとると一揆からひどい目にあうしのう。
おきん とにかく、行って来るがええぞ。それでのう、身をたしなんで、出しゃばらんがええぞ。先ばしりしてわしに心配させるでねえぞ!
甚吉 じゃ、ぼつぼ
前へ 次へ
全26ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング