じゃないかと言った。私が、そう言えばその場は、承服していたようであったが、彼はやっぱり最後に、三越の十円切手か何かを、各作家の許にもれなく贈ったらしい。私は、こんなにまで、こんなことを気にする芥川が悲しかった。だが、彼の潔癖性は、こうせずにはいられなかったのだ。
この事件と前後して、この事件などとも関連して、わずらわしい事件が三つも四つもあった。私などであれば「勝手にしやがれ」と、突き放すところなどを、芥川は最後まで、気にしていたらしい。それが、みんな世俗的な事件で、芥川の神経には堪らないことばかりであった。
その上、家族関係の方にも、義兄の自殺、頼みにしていた夫人の令弟の発病など、いろいろ不幸がつづいていた。
それが、数年来|萠《きざ》していた彼の厭世的人生観をいよいよ実際的なものにし、彼の病苦と相俟って自殺の時期を早めたものらしい。
そういう点で、彼の「手記」は、文字通り信じてよく、あれ以上いろいろ憶測を試みようとするのは、死者に対する冒※[#「※」は「さんずい+賣」、読みは「とく」、第3水準1−87−29、24−下段16]である。あの中の女人が、文子夫人でないとしても、そ
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