クスを理解していたことなどを感心していたから、社会科学の方面についての読書などもいい加減なプロ文学者などよりも、もっと深いところまで進んでいたように思う。芥川が、ときどき洩した口吻などによると、Social unrest に対する不安も、いくらか「ボンヤリした不安」の中には入っているようにさえ自分は思う。
 彼は、自分の周囲に一つの垣を張り廻していて、嫌な人間は決してその垣から中へは、入れなかった。しかし、彼が信頼し何らかの美点を認める人間には、かなり親切であった。そして、よく面倒を見てやった。また、一度接近した人間は、いろいろ迷惑をかけられながらも、容易には突き放さなかった。
 皮肉で聡明ではあったが、実生活にはモラリストであり、親切であった。彼が、もっと悪人であってくれたら、あんな下らないことにこだわらないで、はればれと生きて行っただろうと思う。
「週刊朝日」に出た芥川家の女中の筆記によると、彼は死ぬ少し前、カンシャクを起して花瓶を壊したという。それはウソかほんとうか知らないが、もっと平生花瓶を壊していたらあんなことにはならなかったと思う。あまりに、都会人らしい品のよい辛抱をつづけ
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