せん。」と検事がいった。「強盗の第一の目的はこの有名な絵を盗み出すことにあったと思います。」
「それではその時間がなかったのですな。」
「この点を我々は十分調べてみようとしているのです。」

            負傷犯人の行方は?

 この時ジェーブル伯爵が出てきて機嫌よく二人の裁判官を迎え客間の次の扉を開けた。この書斎はドバルが殺されてからまだ医者の他何人も入らなかった場所である。室内は大混雑をしていた。二脚の椅子は引《ひっ》くり返り、卓子《テーブル》は壊れ、その他置時計や文具箱などはみんな床《とこ》の上に散らばり、あたりに飛び散っている白紙にはそこここに血潮が垂れていた。医者は死体にかぶせてあった敷布をとり除けた。家令のドバルは平素《いつも》着ているビロードの服を着、長靴を履いたまま、片手を下にして上向《うわむき》に倒れていた。カラーをとりシャツを開けば、胸部に物凄いほど大きな傷が鮮血に染《そま》って現われた。
「短劒でぐさっと一突き、それで殺《や》られたのです。」
「ああ、客間のストーブの上に、皮帽子と並べておいてあった短劒ですね?」と判事が言った。
「そうです。この短劒はこ
前へ 次へ
全125ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング