計塔の立っている本院一棟とその左右に出張っている二つの建物二棟からから成り立っていて、その周囲には石の欄干が取りつけてある立派なものであった。庭の土塀を越して遥か彼方に、サントマルグリット村とヴァランジュヴィル村との間から、美しい蒼い海が遠く水平線まで見えている。ここにジェーブル伯爵は優しい令嬢シュザンヌと、二年前に両親に死に別れた姪のレイモンドを連れて楽しく平和な生活をつづけていた。伯爵は書記のドバルと二人で、たくさんの財産や地面を監督していたのであった。
判事は邸へ着くとすぐ種々《いろいろ》調べて廻った。二階の客間へ行くと皆はすぐに、客間は少しも乱れていないことに気がついた。そこは何一つ手を触れたらしい跡もなかった。左右の壁には立派な美しい絨氈《じゅうたん》が掛っており、奥の方には枠入《わくいり》の見事な絵が四個掛っていた。これは有名なある画家の画《か》いた名高い絵であって、伯爵が叔父にあたる西班牙《スペイン》の貴族ボバドイラ侯爵から伝えられたものである。判事がまず口を開いて、
「犯人は強盗が目的であったとしても、この客間を狙ったのではないらしいですね。」
「いや、そうはいわれま
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