?……」

            遺留品は皮帽子一個

 この時二人の下男が手燭《てあかり》を持って駆けつけた。レイモンドがも一人の倒れている男を見ると、それは伯爵の信用していた家令《かれい》のジャン・ドバルであった。顔は蒼ざめてもう息が絶えているようであった。レイモンドはつと立ち上って客間へ戻り、壁に掛けてあった一挺の小銃を取るより早く露台へ走った。曲者が梯子に片足を掛けてから、まだたしかに五六十秒しか経っていない、曲者はまだ遠くへ行かないはずである。果《はた》して彼女は古い僧院の裾を廻って逃げる曲者の影を認めた。レイモンドは小銃を肩に当て、静かに的を定めてどんと一発放った。曲者は倒れた。
「占めた!もうあいつは捕まえたぞ、私が降りてまいりましょう。」と下男の一人が勇み立った。
「あれ、ビクトール、また起き上ったよ。……お前はすぐ壁の小門へ駆けておいで、あの小門より他に逃げ道はないんだから。」
 ビクトールは急いで駆けていったが、彼がまだ庭へ出ないうちに曲者は再び倒れた。レイモンドはも一人の下男に見張りをしているようにいいつけて、自分は再び銃を取り上げて、下男の留めるのも構わずその
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