間へ駆け込むと同時に、敷居際に釘づけにされたようにぴたりと立ち止《どま》った。シュザンヌもやっと駆けつけてきた。すぐ目の前に、懐中電灯を持った一人の男が突立《つった》っていた。その男はさっと眼のくらむような強い電灯の光を二人の少女に浴《あび》せかけて、長い間彼女たちの蒼白い顔を眺めていたが、実に悠々と落《おち》つき払って、帽子をかぶり、紙切《かみきれ》と二本の藁くずとを拾い、絨緞《じゅうたん》の上についた足跡を消して露台に近づき、再び少女たちの方を振り向いて丁寧に頭を下げ、つとそのまま姿を消した。
 真先《まっさき》にシュザンヌは父の寝ている客間につづいた小さな書斎へ走った。しかしそこへ入るか入らないうちに恐ろしい光景が、眼の前に現われた。斜めに差している月の光に照らされて、二人の男が並んで倒れている。彼女は一方の死骸に取り縋って、
「お父様!……お父様……、どうなすったのお父様!……」と声を限りに叫んだ。
 ようやくするとジェーブル伯爵は少し身体《からだ》を動かした。そして途切れ途切れの声で、
「心配するな……俺は怪我はせぬ……だがドバルは?ドバルは生きているか? 短剣は?……短剣は
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