逃走したに違いない。」と語った。
しかしなお念のために邸園の警戒を厳重にして、判事は検事と共にひとまず本署へ帰った。
夜になった。ボートルレは自分のためにつけられた巡査の眼の光る傍《かたわら》で、椅子の上に眠った。外では巡査や百姓や村の人たちが建物の塀と僧院の間を絶え間なく見張っていた。十一時までは何事もなく静かにすぎたが、十一時を十分ばかりすると、一発の銃声が邸の方から響いた。
「用心しろ、二人だけここに残っていろ!他の者は銃声の方角に大急ぎで走れ。」と警部が叫んだ。
一同は邸の左手へどやどやと走った。この時、闇をついて何者か一人の男が消え去ったと思う間に、たちまち再び起る銃声にみんなはその銃声のした百姓家の方へと突進した。と、葡萄畠まで行きついた時、突然一筋の火の手が百姓家の右手にぱっと立ちのぼった。と同時にまた一箇所僧院の彼方に真赤《まっか》な火柱が立った。焼けているのは納屋らしい。
「畜生! 火を点けやがった。それ追っかけろ。まだ遠くへは行かんぞ。」と警部は呶鳴り散らした。
しかし風向《かざむき》で見ると火は本邸の方に向っている。何より先にこの危険を防がなければならない
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