たようでした。」
「そしてそれが僕なのですか?」
「はっきりとは申し上げられませんけれど、本当によく似たお方でした。」

            暗中の怪火

 判事は迷ってしまった。さっき一人の仲間に一杯喰わされたばかりなのに、今またこの中学生という男に欺かれるのではあるまいか?
「君は令嬢の言葉にどう返事しますか?」
「もちろん令嬢が間違っています、僕は昨日その時分にはブュールにいました。」
「証明がなければ困る。とにかく調べる必要があるから、君、警部君、この青年を監視させてくれたまえ。」
 ボートルレはたいへん困ったような顔をした。
「判事さん、お願いだからなるべく早く調べて下さい。このことが父に知れて、父が心配すると大変ですから、僕の父はもう老人なのです。」
「今夜か……明朝までに調べましょう。」と判事は約束した。
 判事はそれから再び注意ぶかく自分で気長に取り調べた。しかし夕方になってもやはり何の変《かわ》ったことも見つけられなかった。この時もうこの邸へ集《あつま》ってきた多くの新聞記者に向って、
「犯人はもうこの邸内にはいないと思われる。我々が考えたところによれば犯人はもう
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