名前を知っているのですね。」
「そうです。」
「また隠れている場所も知っているでしょうね?」
「そうです。」
 判事は揉手《もみて》をしながら、
「それは幸《さいわい》だ、で、君はその驚くべき考《かんがえ》を私に話してくれるでしょうね。」
「今からでも出来ます。」
 この時、始めからボートルレの様子をじっと見詰めていたレイモンドがつと判事の前に進み出た。
「判事様……」
「何ですかお嬢さん。」
 彼女はしばらく考えてなおボートルレの顔を見つめていたが判事に向って、
「あの判事様、私は昨日この方が小門の前の道をぶらぶら歩いていらっしたのを見掛けましたが、その理由を聞いて下さいませ。」
 これは思い掛けない言葉であった。ボートルレはすっかり吃驚《びっくり》してしまった。
「僕がですか、お嬢さん!僕がですか!あなたは昨日私をごらんになったのですか。」
 レイモンドは考えながら、重々しげな調子で、
「私は昨日午後四時頃土塀の外の森を散歩していますと、ちょうどこの方くらいの背丈《せいたけ》で、同じ着物を着てお髯もやはり短く切っていた若い方を見掛けました。その人はたしかに人に見られないようにしてい
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