は昔から崇められたものでそこにある立派な彫刻の人物などは宝物《ほうもつ》であった。しかしその礼拝堂の中には別に隠れ家もなく、またここへ入るならばどんな方法で入るか?
 それから例の小門を調べたが、判事はそこで自動車のタイヤの跡がまざまざと残っているのを見た。
「ははあ、負傷した曲者はここで仲間の者と一緒になって逃げたんだな。」
「それや出来ません。」とヴィクトールが叫んだ。
「私が見張りしているのに逃げられるはずはないのです。たしかに曲者はここにいます。」と下男は頑張っている。
 判事は暗い顔をして邸へ引き返した。たしかに事件は面白くない、強盗が入って何も盗まれていない。犯人はたしかに内にいて、それが行方不明になっている。
 そのうちに帽子屋へやられた巡査が帰ってきた。
「どうだい、帽子屋に逢ってきたかい?」と判事は待ちかねて叫んだ。
「はい、私は主人に逢いましたが、この帽子は馭者に売ったそうです。」
「馭者に?」
「はあ、何でも一人の馭者が店先に馬車を止めて、御客様が入用だから、自動車運転手用の黄色い皮帽子をくれといって、ちょうどこれが一個あったのでそれを差し出すと、馭者は大きさも調
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