れていた。身装《みなり》はちょうど英国の僧侶のように黒い物ずくめで、見るからに自然と頭の下《さが》るような、いかめしさと重々しさとをそなえていた。やがてその紳士は口を開いた。
「ボートルレ君、我輩《わがはい》はまず君に、君が我輩の手紙を見て気持よく逢ってくれたことに、御礼を申し上げなければならない。」
「そして、あなたが?……」とボートルレはいった。紳士はじっとボートルレを見ながら静かにいった。
「そう、我輩です、アルセーヌ・ルパンです。ボートルレ君。」
アルセーヌ・ルパン!おお彼巨人アルセーヌ・ルパンは再び姿を現わした。かの僧院の陰惨な土窖《つちあな》の中に苦しみ悶え、ついに無惨な死を報ぜられたアルセーヌ・ルパン!彼はやはり生きていたのであった。しかも今見る彼ルパンの元気溢れていることよ!彼はボートルレ少年に逢い、何をしようとするのであろうか。
「我輩は……」とルパンは笑いながらいった。
「我輩はとにかく出来る限り活動するのです。そのためには種々《いろいろ》な手段もとらなければならない。我輩はもう君が、自分の身の危険には構われないということを知りました。残るところは君のお父さんです。……君がまたたいへんお父さん思いであるということを知っているので、だから我輩は最後の手段をとろうとするのです。」
「だから僕、ここへ来たんです。」とボートルレは微笑んだ、「手紙の中にある嚇し文句も、私のことなら何でもないのですが、それが私の父のことなんですからね。」
「まあ、椅子へ掛けましょう。」とルパンはいった。
「とにかくその前にボートルレ君、あの判事の書記が君に乱暴したことを僕は謝らなければならない。」
「いや、実際あれには僕も少し驚きました。だってルパンのやり方ではないんですもの。」
「そう、実際、あれは我輩の少しも知らないことだった。あの部下はまだ新米なので、我輩の命令に背いて勝手にしてしまったことなんだ。我輩はあの部下を厳しく罰しておいた。君の蒼い顔を見てはいっそうお気の毒です。勘弁してくれますか。」
「あなたは今日僕をこんなに信用して下すったんだから、それでもうあの書記のことは忘れましょう。だって僕がそうしようと思えば警官を連れてきて、あなたを捕縛することも出来たんですもの。」とボートルレは笑いながらいった。
ボートルレは絶えず美しい無邪気な微笑《ほほえみ》を浮べ、親しげな、それでいて丁寧な態度をとっている。少しもその態度には偽りがない。
ルパンはこの無邪気な愛くるしい少年に対して、少《すくな》からず困っているようであった。彼は自分のいいたいことを、どういう風にいい出そうかと迷っているようであった。
その時玄関の呼鈴がなった。ルパンは急いで立っていった。
彼れは一通の手紙を持って戻ってきた。
「ちょっと失礼。」といいながら手紙の封を切った。中には一本の電報が入っていた。彼はそれを読んだ。とみるみるその様子は変ってきた。その顔色は輝き出した。彼はすっくと立った。彼はもはや、常に争い闘い、何物をも支配しようとする巨人、人類の王であった。
彼はその電報を卓子《テーブル》の上に披《ひろ》げて、拳を固めてどんと卓子《テーブル》を打って叫んだ。
「さあ、今じゃあ、ボートルレ君、君と我輩との相討《あいうち》だ。」
勝つものは誰か
ボートルレは改まった態度をとった。ルパンは冷《ひや》やかな厳しい口調で語り出した。
「おい!君、お体裁は止めよう。我々はお互に、どうしたら勝てるかと相争う敵《かたき》同士だ。もうお互に敵として談判を始めよう。」
「え!談判?」とボートルレは吃驚《びっくり》したような調子でいった。
「そうだ、談判さ。俺は君に一つの約束をさせなけりゃ、この室《へや》を出ない決心だ。」
ボートルレはますます驚いたような調子だった。彼はおとなしくいった。
「僕はそんなつもりはちっともしていませんでした。なぜそんなに怒っているんです。境遇が変っているから敵《かたき》だというんですか、え、敵《かたき》って、なぜです?」
ルパンは多少|面喰《めんくら》った態であったが、
「まあ、君、聞きたまえ、実はこうだ。俺はまだ君のような対手《あいて》に出っ会《くわ》したことがない。ガニマールでもショルムスでも俺はいつも奴らを嬲《なぶ》ってやったんだ。だが俺は白状するが、今は俺の方が君に負けていると見なければならない。俺の計画した仕事は見事に破られた。君は俺の邪魔だ。俺はもうたくさんだ、我慢が出来ん!」
ボートルレは頭を挙げて、
「では、あなたは僕にどうしろというんです。」
「人は自分々々の仕事があるものだ。それより余計なことはしないようにするものだ。」
「そうすると、あなたはあなたの好き勝手に強盗を働き、僕は勝手に
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