いというもんだ。」と書記は嘲笑った。万事は分った。奴の仲間、それは書記だったのだ。
 ボートルレはよろめきながらどっと腰を下《おろ》して、
「話せ、何が望みなのだ。」
「紙切さ、あれを渡せ。」
「僕は持っていない。」
「嘘をつけ、俺はちゃんと見たんだ。」
「それから?」
「それから。手前は少しおとなしくしろ、手前は俺たちの邪魔ばかりしやがる。手前は手前の勉強をすれやいいんだ。」
 書記に化けた曲者は、ピストルを少年に差し向けながら進んできた。
 ボートルレは動かなかった。恐ろしさに顔は真蒼《まっさお》であったが、しかもなお少年は、この場合どうすればいいかと考えていた。ピストルは眼の前に迫っている。太い指が引金《ひきがね》に掛っている。それを引けばそれまでだ。
「やい!出さねえか、……うぬ!出さねえな!」
「これだ。」と少年はいって、懐から紙入を出してそれを渡した。書記は引ったくるようにその紙切をとった。
「よし、手前は少しは物が分るよ。さあ用がすんだら退却としよう。さよなら。」
 男はピストルを懐へ収めて、窓の方へ歩みを向けた。廊下に判事の帰ってくる足音、男はふと思いついたらしく立ち止まって、渡された紙片《かみきれ》を調べた。
「あ!畜生、あの紙切はない、よくも騙しやがったな!」と室内へ飛び込んだ。と二発の銃声、今度はボートルレが自分のピストルを出して撃ち放ったのだ。
「当るかい、畜生!」
 二人は引っ組んだまま床の上を転がった。
 外からははげしく扉を叩く。二人はすさまじい格闘をつづけたが、とうとうボートルレは次第に弱ってたちまち組み敷かれてしまった。それでお仕舞いだ。さっと振り上げられた手には短劒が閃《ひら》めいた。と発止!打ち下された。激しい痛みを肩に覚えて、少年は思わず握った手をゆるめる。
 上衣《うわぎ》のポケットを探られて、紙切を持ち去られるように思ったが、そのまま気を失ってしまった。
 翌日の新聞は伯爵邸の珍事でいっぱいであった。礼拝堂の隠れ穴、ルパンの死体発見、レイモンド嬢の惨死体発見、ボートルレの災難。
 それと同時にまた驚くべき別のことが知らされた。それはガニマール探偵の行方不明と、ロンドンの真中《まんなか》で、しかも真昼間《まっぴるま》に起った誘拐事件、それは英国の名探偵ヘルロック・ショルムスの誘拐事件であった。
 こうしてルパンの残党は、十七歳の天才少年にすべてを見破られようとする時、この少年を倒し、またルパンの二大強敵、ショルムス及びガニマールは見事に負けてしまった。今やルパンの一味は天下に敵なしとなった。かの大胆不敵のルパンに当ることの出来る者は天下に一人もなくなったのだ。

        四 侠少年対怪盗
            真相発表近し

 ボートルレ少年の負傷は初め幾日かの間は危いとさえいわれた。
 事件はすべてルパンの死んだことによって終ったようであった。しかし少年ボートルレがまだ終ったといっていない以上は、この悲劇はまだ終ったのではないのだ。どんなことがまだ終っていないのかそれは誰も知らない。ただボートルレ少年だけがそれを説明することが出来るのだ。
 世間の人がボートルレ少年の負傷を心配するのは大変なものであった。やっともう心配はないと医者が発表した時には、人々は大喜びをした。
 その後傷はたいへん良くなった。少年が判事に話し出そうとした(|空の針《エイギュイユ・クリューズ》)の本当のことはまもなく世間に知らされるだろう。エイギュイユ・クリューズ!果してこれにはどんな秘密が隠されているのであろう。
 それはまもなく知れようとしている。ボートルレが近いうちにまた来《きた》るべきことを新聞は書き立てた。闘いはまさに始められようとしている。今度こそ少年は怨みの復讐に燃えて決心が堅い。一つの新聞に大きな字で次のようなことが書いてあった。
「ボートルレ君は、まだどこにも知られていないジェーブル伯邸の事件真相を、明日我が新聞に発表されることを承知せられたり。」

            ルパンの再現

ボートルレは一通の手紙を受けとった。まだ傷が治ったばかりで幾分顔色のよくない少年の顔は、その手紙を読んでいくうちにさっと蒼くなった。彼はしばらく眼をつぶって考えていたが、やがて何事かを決心したようであった。
 その夜少年は、一人の紳士に案内されて一つの部屋へ入った。紳士は一言《いちごん》も口をきかず重々しい態度で室内の電灯をみんな点けた。室内にはたちまち明るい光がいっぱいに流れた。この時二人は始めて眼と眼を見合せた。その眼光の鋭さ、らんらんと燃ゆるような四つの眼は、お互《たがい》の胸の底まで見抜こうとする物凄いものであった。
 その紳士の顔付《かおつき》は逞しく、長い髪の毛は茶褐色で、髯は左右に分
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