たことをお話して、知ったか振りをしようとは思いませんが、まず盗まれたもののことからお話しましょう。僕にはこれは一番易しい問題でしたから。」
「易しいというのは?」
「順々に考えてみさえすればいいからです。それはこうです。二人の令嬢の言葉によれば、二人の男が何か持って逃げたということです。そうすると何か盗まれたに違いないのです。」
「なるほど、何か盗まれたのですね。」
「ところが伯爵は何も盗まれてはいないといっています。」
「なるほど。」
「この二つのことから考えてみると、何か盗まれたのに、何も失《な》くなっていないということは、何か盗んだ品物と少しも変らぬ物が本当の物とおき変えられてあるに違いありません。」
「なるほど、なるほど。」と判事は一生懸命になって聞き出した。
「この部屋で強盗の眼につくものは何でしょうか?二つの物があります。第一にあの立派な絨氈です。しかしこんな古い掛物《かけもの》はとてもこれと同じようなものは出来ません。すぐに偽物ということが分ります。次にあるのは四枚のこの名画です。あの壁に掛けてある有名な絵は偽物です。」
「何ですって!そんなはずはない。」
「いや、たしかにそうです。」
「いや、それは間違いだ。」
「まあ、判事さんお聞きなさい。ちょうど一年前ある一人の男が、伯爵のところへ尋ねてきて、あの名画を写させて下さいと申し込みました。伯爵が許されたので、その男は早速それから五ヶ月も毎日この客間に来て写していったのです。ここに掛っているのは、その時写した方の偽物です。」

            怪少年の明察

 判事とガニマールとは驚いて眼を見合わせた。
「とにかく伯爵に聞いてみよう。」と判事はいった。伯爵は呼ばれた。そしてついにボートルレは勝った。伯爵はしばらく困ったような顔をしていたが、やがて口を開いた。
「実は判事さん、この名画は四枚とも偽物です。」
「では、なぜさようおっしゃらなかったのです。」
「私は穏《おだやか》な方法でその絵をとり戻そうと思ったからです。」
「それはどんな方法ですか?」
 伯爵は答えなかった。ボートルレは代《かわ》って答えた。
「この頃、大きい新聞に『名画買い戻す』という広告が出ています。あれがそうです。」
 伯爵は首肯《うなず》いた。またしても少年は勝った。判事はますます感心してしまった。
「君は実に偉いですね。どうぞ先を話して下さい。君は犯人の名前も知っているといわれたはずですね。」
「そうです。」
「誰があのドバルを殺したのでしょう。その男はどこに隠れているので[#「ので」は底本では「での」]しょう。」
「実はそのことについては、一つの間違いがあります。ドバルを殺した男と、逃げた男とは別の人間です。」
「何ですって?」判事が叫んだ。「伯爵や二人の令嬢が客間で見た男、そしてレイモンド嬢が銃で撃って、邸園の中で倒れ、我々が今探している男、それと、ドバルを殺した男とは別の人間だというのですか。」
「そうです。」
「では別にまだ逃げた犯人がいるのですね。」
「いいえ。」
「ではどうもよく分らないですな。誰がドバルを殺したのです。」
「それを申し上げる前に、少しくわしくお話をしないと、私が余り変なことをいうようにお思いになるでしょう。まずドバルが殺されたのは夜中の四時であるのに、ドバルは昼間と同じような着物を着ていました。伯爵はドバルは夜更しをする癖があるといわれましたが、みんなのいうのを聞きますと、それとは反対に、ドバルはたいへん早く寝るそうです。そうしますと話が合わないで少しおかしくなります。それに僕の調べたところによると、あの名画を写させてくれといった画家は、ドバルの知り人《びと》だったということです。それでいよいよ僕はドバルが怪しいと思いました。」
「するとどういうことになりますか?」
「つまり画家とドバルとは仲間でした。それにはたしかな証拠があります。ドバルが手紙を書いた吸取紙の端《はじ》に『A《ア》・L《エル》・N《エヌ》』[#「』」は底本では欠落]という字があったのを見つけました。電報の名前と同じです。ドバルは名画を盗みとった強盗犯人と手紙のやり取りをしていたのです。」
「なるほど、そして……」判事はもう反対しなかった。
「ですから、逃げた犯人が、仲間であるドバルを殺すはずはありません。」
「そうかしら?」
「判事さん思い出して下さい。気を失っていた伯爵が一番初めに叫んだ言葉は『ドバルは生きているか?』ということでした。その後伯爵は『眉間を曲者に殴られて気を失ってしまった。』といわれました。どうして気を失った伯爵が、正気づくと同時にドバルが短剣で刺されたことを知っていたのでしょう。」
 そしてすぐまたボートルレはつづけた[#「つづけた」は底本では「けつづた」]。
「強
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