盗たちを客間へ引き入れたのはドバルです。そして伯爵が目を覚ましたので、ドバルは短剣を持って伯爵に飛びつきました。伯爵はついにその短剣を奪いとってドバルを刺したのです。それと同時に、も一人の曲者に眉間を殴られて気を失ったのです。」
ルパン?生?死?
判事とガニマールはまた顔を見合《みあわ》せた。
「伯爵、この話は真実でございましょうか?……」
判事は尋ねた。伯爵は答えなかった。
「黙っていらしってはかえっていけません。どうぞお話し下さい。」
「今のお話しはみんな本当です。」伯爵ははっきりといった。判事は飛び上って驚いた。
伯爵は、二十年も自分の家に働いたドバルを賊の仲間だと知らせたくなかった。それにもうドバルは殺されているのでそれで十分だと思った。ドバルは二年前からある婦人と知り合いになり、その人にお金を送るために盗賊をするように[#「するように」は底本では「すやるうに」]なったということなどを伯爵は語った。
伯爵が室を出ていったあとで判事は今度は犯人の隠れている宿屋のことのついて尋ねた。ボートルレの答えはまた違っていた。ボートルレの答えによると、犯人は宿屋などにはいないというのである。宿屋へ運んだように見せかけたのは警察を誑《たぶらか》す[#「誑す」は底本では「訛す」]陥穽《わな》であった。犯人はたしかにまだあの僧院の中に隠れている。死にそうになっている病人をそんなに運び出せるものではない。あの火事騒ぎをやっている間《ま》に医学博士を僧院の中へ案内した。医学博士が宿屋だといったのは、犯人たちが博士を脅《おどか》して、あのようにいわせたのだとボートルレは語った。
「しかし僧院の中は円柱が五六本あるばかりで……」
判事は不思議がった。
「そこに潜り込んでいるのです。」とボートルレは力を込めて叫んだ。「判事さん、そこを探さなければ、アルセーヌ・ルパンを見つけ出すことは出来ません。」
「アルセーヌ・ルパン!」判事は飛び上って叫んだ。
有名なその一言に一座はしばらくしんとしてしまった。アルセーヌ・ルパン!大冒険家大盗賊王、眼に見えぬ彼ルパンは空しい大捜索の幾日間を、どこかの隅で傷に苦しんでいる。不敵の敵は本当にルパンであろうか?判事とガニマール探偵とはしばらくじっと動かなかった。
「ごらんなさい。」とボートルレはいった。「彼らが手紙をやった宛名の略字に何とありますか、A《ア》・L《エル》・N《エヌ》すなわちアルセーヌの一番初めの文字《もんじ》と、ルパンの名の初めと終りの文字をとったのです。」
「ああ、君は実に偉い天才です。この老ガニマールも負けました。」とガニマールはいった。ボートルレは喜びに顔を赤くして老探偵の差し出した手を握った。三人は露台に出た。そしてルパンが隠れているという僧院を見下《みおろ》した。判事は呟くように、
「してみるとあいつはあそこにいますね。」
「あそこにいます。」とボートルレは重々しげにいった。「銃で撃たれた時からルパンはあそこにいるのです。いかにルパンでもあの時逃げ出すことは出来ないことだったのです。」
「そうするとどうして生きているのだろう。食物《たべもの》や飲物も入るだろうに。」
「それは僕にはいえません。しかし彼があそこにいることは決して間違いありません。僕はそれを断言します。」
探偵の手懸《てがか》り
僧院の方を指《ゆびさ》したボートルレの指先は空中に一つの円を描いて、それをだんだんに小さくしてとうとうある一点に止《とど》めた。判事と探偵はその一点を見つめつつ胸の慄《ふる》えるのを覚えた。アルセーヌ・ルパンはあそこにいる。有名な巨盗《きょとう》ルパンが独り寂しく、かの暗い地下室の冷たい土の上に死に掛って横たわっていると思えば、一種悲愴な気持がわいてくるのであった。
「もし死ぬようなことがあったら。」と判事が声を潜めていった。
「もし死にでもしたら、その時こそ判事さんレイモンド嬢を警戒せねばなりません。なぜならば、手下の者はきっと復讐するでしょうから。」
ボートルレはしばらく経つと、学校の休暇が今日でお終いになるからといって、判事が相談相手に引き留めるのも断って、パリへ帰ってしまった。彼はまたジャンソン中学の学生になった。
ガニマールは僧院の中をすっかり調べたが何の手懸りもないので、彼もまた同じ日の夜行でひとまずパリへ引き上げた。
不可思議な暗号紙片
こうしてわずか二十四時間のうちに、たった十七歳の少年の言葉によって、少しも分らなかった事件の糸はほぐされた。首領《かしら》を救わんとする強盗団の計画はわずか二十四時間で見事に破られ、かの巨盗アルセーヌ・ルパンの逮捕は確実になった。新聞紙はボートルレの記事で
前へ
次へ
全32ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング