《きゃつ》です。」とボートルレはいった。
「アルセーヌ・ルパンに違いありません。」
 バルメラ男爵はその話をたいへん面白がって聞いていた。バルメラ男爵も新聞で見て、ルパンとボートルレとの闘いは知っていた。
 ボートルレはその決心を男爵に打ち明けた。夜中《やちゅう》に一人でその壁を乗り越えて、少年は父を救い出す決心なのである。バルメラ男爵はいった。
「あなたはそう何でもないようにいいますが、あの壁はそうたやすく乗り越せるものではなく、よしや壁を越えたとしても、城の中へはどうして[#「どうして」は底本では「どうへして」]入ります?それに城の中だって八十も室《へや》があって、とても分るものではありませんよ。」
「じゃ、どうぞ僕と一緒に来て下さい。」とボートルレはいった。
 初めは断っていたバルメラ男爵も、とうとうボートルレ少年と一緒にその城に忍び込むことになった。男爵はその翌日|真赤《まっか》に錆びた鍵を持ってきてボートルレに見せた。
「これは叢《くさむら》の中にうずもれている小さな潜戸《くぐりど》を開ける鍵です。」
 ボートルレはあわてて口を挟《さしはさ》んだ。「ああ、いつか僕がつけた男が消えたのは、その叢の中の潜戸ですね、よし、勝利は私たちのものです、お互に力を協《あ》わせてやりましょう。」

            夜陰の城へ

 二人は種々《いろいろ》と考えをめぐらし、支度を整えた。バルメラ男爵は馬方に、ボートルレは椅子直しに変装した。二人の他にボートルレの学校の友達が二人、その二人も同じように椅子直しに身を変えた。そして四人はいよいよ城のあるクロザンへ入り込んだ。
 みんなは三日間その村にいて古城のまわりを密かに調べながら、月のない暗い夜を待った。
 四日目の夜、空は真黒《まっくろ》な雲に覆われた。バルメラ男爵はいよいよ今夜忍び込むことに決めた。
 四人は忍びながら林の中を通りすぎて例の叢の小門《しょうもん》に近づいた。ボートルレは鍵を挿し込んで静かに※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]した。戸は幸に音もなく開いた。二人の友達を外に見張りさせて、ボートルレとバルメラ男爵は庭の中へ入り込んだ。その時空の雲が途切れて月の光が芝生の上に流れた。二人はその蒼い月の光で古城をあおぎ見ることが出来た。それはたくさんの針のように尖った屋根が、真中に聳え立っている櫓を囲ん
前へ 次へ
全63ページ中40ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング