しかし一番恐ろしいのはその頭である。大石に打ちくだかれたその頭、ぐちゃっと圧しくだかれて、目鼻も分らないほど崩れてしまったその頭……
ボートルレは長い梯子を四飛びに飛んで、明るみの空気の中へ逃げ出した。
判事はあの死体はルパンに違いないとすっかり安心してしまった。ボートルレは何事か考え込んでしまった。判事宛に二通の手紙が来た。一つはショルムスが明日来るという知らせであった。一つは今朝海岸に美人の惨死体が浮《うか》び上ったという知らせであった。たいへん死体は傷ついていて、とても顔は見分けられなかったが、右の腕にたいへん立派な金の腕輪をつけているということだった。レイモンド嬢もたしか金の腕輪を嵌めていたはずだったのでその死体はレイモンド嬢に違いないと判事はいった。
ボートルレはまたしばらくすると自転車を借りて近くの町へ急いだ。そこで彼は役場へ行って何事かを調べた。
ボートルレは大満足で唱歌を唱いながら自転車でまた元来た道を帰ってきた。と伯爵邸の近くへ来た時、彼はあ!と声を上げた。見よ前方|数間《すうけん》のところに一条《ひとすじ》の縄が道に引っ張られてあるではないか。自転車を止める間もなくあなやと思う間に自転車は縄に突き当って、ボートルレの身体は三|米突《メートル》ばかり投げ出され、地上に叩きつけられた。しかし全く幸《さいわい》なことに、たったわずかのところで、路《みち》ばたの大石の前で止まった。その大石に頭を打ちつけでもしたら、ボートルレの頭はめちゃめちゃになるところであった。しばらくの間彼は気を失っていたが、ようやくにしてすり剥いた膝を抱えて起き上り、あたりを眺めた。曲者は右手の小さな林から逃げたらしい。ボートルレは起き上ってその縄を解いた。その縄を結びつけてある左手の樹に一枚の小さな紙切がピンで止めてあった。それには、
「第三囘の通告、そしてこれが最後の忠告である。」
解かんとする謎の記号
ボートルレは血だらけになって邸へ着くと、すぐ少し下男たちに何か尋ねてから判事に逢った。判事はボートルレを見ると、傍にいた書記に外に出ているようにと命令《いいつ》けた。判事は少年の血のついたのを見て叫んだ。
「あ! ボートルレ君一体どうしたのです。」
「いえ、何でもないんです。しかし判事さん、この邸の中でさえも僕のすることを見張っている者があ
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