った宛名の略字に何とありますか、A《ア》・L《エル》・N《エヌ》すなわちアルセーヌの一番初めの文字《もんじ》と、ルパンの名の初めと終りの文字をとったのです。」
「ああ、君は実に偉い天才です。この老ガニマールも負けました。」とガニマールはいった。ボートルレは喜びに顔を赤くして老探偵の差し出した手を握った。三人は露台に出た。そしてルパンが隠れているという僧院を見下《みおろ》した。判事は呟くように、
「してみるとあいつはあそこにいますね。」
「あそこにいます。」とボートルレは重々しげにいった。「銃で撃たれた時からルパンはあそこにいるのです。いかにルパンでもあの時逃げ出すことは出来ないことだったのです。」
「そうするとどうして生きているのだろう。食物《たべもの》や飲物も入るだろうに。」
「それは僕にはいえません。しかし彼があそこにいることは決して間違いありません。僕はそれを断言します。」
探偵の手懸《てがか》り
僧院の方を指《ゆびさ》したボートルレの指先は空中に一つの円を描いて、それをだんだんに小さくしてとうとうある一点に止《とど》めた。判事と探偵はその一点を見つめつつ胸の慄《ふる》えるのを覚えた。アルセーヌ・ルパンはあそこにいる。有名な巨盗《きょとう》ルパンが独り寂しく、かの暗い地下室の冷たい土の上に死に掛って横たわっていると思えば、一種悲愴な気持がわいてくるのであった。
「もし死ぬようなことがあったら。」と判事が声を潜めていった。
「もし死にでもしたら、その時こそ判事さんレイモンド嬢を警戒せねばなりません。なぜならば、手下の者はきっと復讐するでしょうから。」
ボートルレはしばらく経つと、学校の休暇が今日でお終いになるからといって、判事が相談相手に引き留めるのも断って、パリへ帰ってしまった。彼はまたジャンソン中学の学生になった。
ガニマールは僧院の中をすっかり調べたが何の手懸りもないので、彼もまた同じ日の夜行でひとまずパリへ引き上げた。
不可思議な暗号紙片
こうしてわずか二十四時間のうちに、たった十七歳の少年の言葉によって、少しも分らなかった事件の糸はほぐされた。首領《かしら》を救わんとする強盗団の計画はわずか二十四時間で見事に破られ、かの巨盗アルセーヌ・ルパンの逮捕は確実になった。新聞紙はボートルレの記事で
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