ないか。
少年はまた嶮《けわ》しい道を降りていった。その時一人の羊飼がたくさんの羊を連れて帰っていく姿を見て、その方に駆けていった。
「ね、君、あの、ほらあそこに見える洞穴《ほらあな》ね、あれは何という名前ですか。」
少年は唇が慄えてはっきりといえないほどであった。羊飼はちょっと吃驚《びっくり》したが、
「ああ、あの洞穴《ほらあな》は、このエトルタのものはみんな令嬢室《ドモアゼルむろ》と呼んでるだあ。」
少年は飛び上ってしまった。令嬢室《ドモアゼルむろ》、令嬢《ドモアゼル》、ああ、紙切の暗号の中から見つけた言葉はこれであったのか!
少年はまた巌の上にのぼっていった。少年は突然地にはらばってしまった。ルパンの部下が見つけでもしたら少年の身体は無事ではいないだろう。少年ははらばいながら岬の端《はじ》へ出て下を覗き込んだ。少年のすぐ眼の下に底の知れない蒼海《あおうみ》の真只中《まっただなか》から、空中につっ立っている一つの大きな大きな巌がある。高さが四十間以上もあり巨大な針のように上の方へ行き、次第にだんだん細くなっている有様は、ちょうど大怪物の牙のようである。ああ針の形をした奇巌城はついに発見された。
太陽がちょうど海に沈もうとしている。ボートルレは喜びのために死にそうな気がした。――見よ見よ「エイギュイユ」の頂きの方から一筋の煙が洩れている。人が住んでいるのだ。その白糸のような一筋の煙は渦を巻きながら、夕照《ゆうばえ》の空に静かに上っていく。
神秘の扉
この奇巌城こそ、仏蘭西《フランス》国家のすべての宝物《ほうもつ》の蔵であり、また唯《ゆい》一つの隠れ場所である。
ルパンはこの宝物《ほうもつ》と隠れ場所を知っていたからこそ、いかなる仕業もやり遂げたのである。このエイギュイユの巌の中は空になっているに違いない(空の針)である。紙切の謎は解かれた。
一行目は エトルタの下手
二行目は 令嬢室《ドモアゼルむろ》
三行目は フレオッセの砦の下
五行目は エイギュイユ・クリューズ
しかし四行目は他の行と違っている。この行がきっと入《はい》り口を教えてあるものに違いない。
DDF ※[#中に点のある右に傾いた平行四辺形(fig46187_02.png)、96−15]19F+44※[#中に点のある△を右に90度傾けた三角形(f
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