骸というべきであった。肉ことごとく落ちて骨あらわれ、脚の関節以下はところどころただれて、長く正視するに堪えなかった。破れた法衣によって、僧形とは知れるものの、頭髪は長く伸びて皺だらけの額をおおっていた。老僧は、灰色をなした目をしばたたきながら、実之助を見上げて、
「老眼衰えはてまして、いずれの方ともわきまえかねまする」と、いった。
実之助の、極度にまで、張り詰めてきた心は、この老僧を一目見た刹那たじたじとなってしまっていた。彼は、心の底から憎悪を感じ得るような悪僧を欲していた。しかるに彼の前には、人間とも死骸ともつかぬ、半死の老僧が蹲っているのである。実之助は、失望し始めた自分の心を励まして、
「そのもとが、了海といわるるか」と、意気込んできいた。
「いかにも、さようでござります。してそのもとは」と、老僧は訝《いぶか》しげに実之助を見上げた。
「了海とやら、いかに僧形に身をやつすとも、よも忘れはいたすまい。汝、市九郎と呼ばれし若年の砌《みぎり》、主人中川三郎兵衛を打って立ち退いた覚えがあろう。某《それがし》は、三郎兵衛の一子実之助と申すものじゃ。もはや、逃れぬところと覚悟せよ」
と
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