るのが心苦しかった。諸人のため、身を粉々に砕いて、自分の罪障の万分の一をも償いたいと思っていた。ことに自分が、木曾山中にあって、行人をなやませたことを思うと、道中の人々に対して、償い切れぬ負担を持っているように思われた。
 行住座臥にも、人のためを思わぬことはなかった。道路に難渋の人を見ると、彼は、手を引き、腰を押して、その道中を助けた。病に苦しむ老幼を負うて、数里に余る道を遠しとしなかったこともあった。本街道を離れた村道の橋でも、破壊されている時は、彼は自ら山に入って、木を切り、石を運んで修繕した。道の崩れたのを見れば、土砂を運び来って繕うた。かくして、畿内から、中国を通して、ひたすら善根を積むことに腐心したが、身に重なれる罪は、空よりも高く、積む善根は土地よりも低きを思うと、彼は今更に、半生の悪業の深きを悲しんだ。市九郎は、些細《ささい》な善根によって、自分の極悪が償いきれぬことを知って、心を暗うした。逆旅《げきりょ》の寝覚めにはかかる頼母《たのも》しからぬ報償をしながら、なお生を貪っていることが、はなはだ腑甲斐ないように思われて、自ら殺したいと思ったことさえあった。が、そのたびご
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