欣《よろこ》んだ。しかし伊豆守もまた、兵糧攻めの策を採って、いたく甚兵衛を落胆させた。

 無為《むい》な日が続いた。細川の陣でも、ときどき物見の者を出すばかりであった。甚兵衛は、毎夜のように惣八郎と顔を見合せた。そして惣八郎の言語や笑いのうちに、自分に対する侮蔑が交っていはせぬかと、気を回した。その上に、惣八郎と同座していると、命を助けられたという意識が、一種の圧迫を感ぜしめて、かなり不快であった。
 二月八日、絶えて久しき城攻めがあった。甚兵衛は今日こそと勇み立った。彼が戦場に向う動機は、今までとはまったく異なっていた。
 功名をするためでもなければ、主君のためでもなかった。一途に恩を返すことを念としたのである。彼は無論、惣八郎の後をつけた。惣八郎はその日も懸命になって戦った。敵はたいてい百姓である上に、兵糧がだんだん乏しくなりかけていたためか、惣八郎の手に立つ者とては、一人もいなかった。無論甚兵衛の助太刀を要するような機会は来なかった。
 ただ一度、惣八郎は敵と渡り合っているうちに足を滑らせた。が、片膝を突くと共に、付け入ろうとした相手を、腰車に見事に斬って捨てた。
 甚兵衛は、
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