と、敵の刀の切れ味の鈍いのが恨まれた。
 彼は、惣八郎から恩を着ることを欲しなかったのである。彼が昏倒した時に、もし意識が残っていて、そのまま殺されるのが良いか、惣八郎に助けられるのが良いかと尋ねられたら、彼は即座に死の方を選んだであろう。
 甚兵衛と惣八郎とは、犬猿もただならぬ仲というのではなかった。しかし、甚兵衛は、惣八郎がなんとなく嫌であった。磊落《らいらく》な甚兵衛には、つんと取り澄ました惣八郎が気に入らなかった。その上、甚兵衛が惣八郎に含んでいることが一つある。それはほかでもない惣八郎と甚兵衛とは、兵法の同門であった。三年前、産土神《うぶすながみ》の奉納仕合に、甚兵衛と惣八郎は顔が合った。その時に甚兵衛は敗れたが、それ以来、甚兵衛はその敗戦を償《つぐな》うため、身を砕いて稽古をした。そして、惣八郎と今一度の手合せを願っている。ところが惣八郎はいろいろな口実で、それを避けた。「惣八どのと甚兵衛どのとは、腕前においていずれが上じゃ」などいう懸案が同門の間に、提出せられるたびに、惣八郎は「われらがごとき」といって謙遜した。しかし、その言葉の後に洩す微笑は、その言葉の文字通りの意味を
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