》めた。
「一|書《しょ》進上致しそろ、今日火急の御召《おめし》にて登城致し候処、存じの外にも、そこもとを手に掛け候よう上意蒙り申候。されどそこもとには、天草にて危急の場合を助けられ候恩義|有之《これあり》、容易に刃《やいば》を下し難く候については、此状披見次第|申《さる》の刻《こく》までに早急に国遠《こくおん》なさるべく候。以上」
そして心利いた仲間を使いに立てた。やがて暮に近い頃、彼は近頃にない晴々しい心地で惣八郎の家を訪うた。
が、そこにはなんらの混乱の跡がなかった。塵一つ止めてない庭には、打水のあとがしめやかであった。彼は、意外の感に打たれながら、案内を乞うと、玄関へ立ち現れたのは、まぎれもない惣八郎自身であった。惣八郎は物静かな調子で、
「先刻より待ち申してござる」と挨拶した。
甚兵衛は返す言葉がなかった。主客は、恐ろしい沈黙のうちに座敷へ通った。
すると、惣八郎の養女が静かに匕首《あいくち》の載っている三宝《さんぼう》を持って現れた。
惣八郎は居去《いざ》りながら、匕首を取り上げて、甚兵衛に目礼した。
「いざ、介錯《かいしゃく》下されい、御配慮によって、万事心残り
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