い。その方は仕手を務むれば良いのじゃ。相手も天草で手に合うた者じゃ。油断すな」といいながら苦笑した。
甚兵衛はあわててはならぬと思った。
「とてものことに、殿|直々《じきじき》の上意を」と乞うた。
志摩は快くそれを許可した。
「至極じゃ」といいながら、志摩は甚兵衛を差し招いて先に立った。
やがて甚兵衛は、忠尚侯から「志摩が申したこと、良きに計らえ」とのありがたい上意を受けたのである。
上意討ちの仕手になることは、平時における武士の最大の名誉であった。しかし甚兵衛は、もっと大きい喜びがあった。二十六年狙っていた機会が来た。彼が明暮《あけくれ》望んでいた通り、恩人に大なる危害が迫っている。しかもその危害の糸を引く者は、実に彼自身であった。
彼は命を捨てて掛ろうと思った。長く自分を苦しめた、圧迫を今日こそ、他に擲《なげう》つことができると思った。
しかしなお残っているのは、手段の問題であった。彼は最初上意と名乗りかけて、かえって自分が討たれようかと思った。しかし、それでは自分を犠牲にすることが先方に分からぬと思った。彼は二|刻《とき》もの間考え迷った末、次のような手書を認《したた
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