燃え盛る原城を見つめながら、彼は不覚の涙を流したのである。
三月の二日、細川の軍勢は熊本に引き上げた。翌|上巳《じょうし》の日に、従軍の将士は忠利侯から御盃を頂戴した。甚兵衛も惣八郎も、百石の加増を賜った。その日、殿中の廊下で甚兵衛は惣八郎に会った。惣八郎は晴々しい笑顔を見せながら、
「御同様に、おめでたいことでござる」といった。甚兵衛は、戦場で「良い兜でござる」と褒められた時と同じ程度の侮辱を味わった。
太平の日が始まる。
が、甚兵衛は、戦中と同じような緊張した心持で、報恩の機会を狙った。宿直を共にする夜などは、惣八郎の身に危難が迫る場合をいろいろに空想した。参勤《さんきん》の折は、道中の駅々にて、なんらかの事変の起るのを、それとなく待ったこともある。
しかし、惣八郎は無事息災であった。事変の起りやすい狩場などでも、彼は軽捷《けいしょう》に立ち回って、怪我一つ負わなかった。その上に、忠利侯の覚えもよかった。
二、三年経つうちにも、機会が来ないので、彼は苛《いら》だった。彼は、自分で惣八郎を危難に陥れる機会を作ろうかとさえ考えた。しかしそれには、彼の心に強い反対があった。彼
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