(吉治、青松葉を一抱え持って来る。およし、おろおろしている)
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巫女 神さんの仰せは大切に思わぬと罰が当りますぞ。
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(義助、吉治を相手に不承不承に松葉に火をつけ、厭がる義太郎をその煙の近くへ拉《らっ》して行く)
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義太郎 お父《と》う何するんや、厭やあ、厭やあ。
巫女 それをその方の声じゃと思うと燻《くす》べにくい、皆狐の声じゃと思わないかん。そのお方を苦しめている狐を、苦しめると思うてやらないきません。
およし なんぼなんでもむごいことやな。
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(義助、吉治と協力して顔を煙の中へ突き入れる。その時、母屋の方で末次郎の声がきこえる)
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末次郎 (母屋の内部から)お父さん、おたあさん、帰って来ましたぜ。
義助 (ちょっと狼狽して、義太郎を放してやる)末が帰って来た。日曜でないのにどうしたんやろ。
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(末次郎、折戸から顔を出す。中学の制服を着た色の浅黒い凛々しい少年。異状な有様にすぐ気がつく)
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末次郎 どうしたんです、お父さん。
義助 (きまりわるそうに)ええ。
末次郎 どうしたんです、松葉なんか燻《くす》べて。
義太郎 (苦しそうに咳をしていたが、弟を見ると救い主を得たように)末か、お父や吉がよってたかって俺を松葉で燻《くす》べるんや。
末次郎 (ちょっと顔色を変えて)お父さん! またこんなばかなことをするんですか。私があれほどいうといたじゃござんせんか。
義助 そやけどもな、あらたかな巫女さんに神さんが乗り移ってな。
末次郎 何をばかなことを。兄さんが理屈がいえんかってそななばかなことをして。
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(巫女を尻目にかけながら燃えている松葉を蹴り散らす)
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巫女 お待ちなさい。その火は神様の仰せで点《つ》いとる火ですぞ。
末次郎 (冷笑しながら踏み消してしまう)……。
義助 (やや語気を変えて)末次郎! 私はな、ちっとも学問がないもんやけ
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