《こ》だった。わしは何とかして探し出してみっしり仕込んで、その天才をみがかそうとかんがえていたものを――。」
 また、捲毛の美《うる》わしい少女は泣きくずれながら、父の腕にすがって、声を惜しまずかきくどくのでした。
「ネルロいらっしゃいよ。支度はみんなできてよ。あなたのために、仮装した子供たちが、めいめい贈り物を手にしているし、笛吹きのじいさんが、いま吹きはじめるところなの。あなたと私は、このクリスマスの一週間は、ちっとも離れず炉ばたで栗をやいてていいんですって。クリスマスの一週間どころかいつまでいたってかまわないって。ね、パトラッシュもうれしいでしょう。早く起きていらっしゃいよ、ネルロ。」
 けれども、偉大なルーベンスの画の方にむけたままのその死顔《しにがお》は、口許にかすかな笑を浮べたまま、あたりの人々に、「もうおそい」と答えているかのようです。
 ほがらかな鐘の音《ね》が鳴りわたり、太陽はうららかに雪の野を照らし、華やかに着飾った人々は往来にむらがって、よろこんでいますが、もはやネルロとパトラッシュとは、人の慈悲にすがる必要はありませんでした。ふたりが生きている間に一生けんめいに
前へ 次へ
全71ページ中69ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング