ていました。
その頃、ジェハンじいさんは病気になって床についていました。
「ネルロやお前が早く大きくなって、せめてこの小屋でも自分のものにして、田の一反でも持って、近所の衆に旦那と言われるようになってくれたら、おじいさんも安心して目がつぶれるがな。」と、おじいさんは床の中で、何遍もこんなことをくりかえし言っていました。このあたりの百姓の望みと言ったら、土地を少しでも持って、村の人達に旦那と呼ばれるようになる、それがもう何よりの最大の望みなのでした。このおじいさんも、若い時にはとび出してあらゆる地方を流れあるき、しかも何一つ儲けてかえったと言うでもなく、とうとうこんなに年寄ってようやく一つ所に落ちつき、やっぱり百姓は百姓の分相応な望みで暮すのが一番だと悟って、可愛い孫のために、ひたすらそれをねがったのでした。
だが、ネルロはだまっていました。ルーベンスやヨーンデェンスや、ヴァン・グィリなどの大芸術家、その人達の天才と同じものが、少年ネルロの血にも流れていたのです。
ネルロの考えている未来は、おじいさんの考えとは全くちがっています。わずかばかりの土地を耕して、小っぽけな家に住み、自分
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