し上げたいと思うのだが、お前、持って行ってくれまいか。」
と、王さまがおっしゃいました。
私は、はっと首をうなだれました。私の顔は、きっと、死んだ人のように、まっ青《さお》になっていたことでしょう。
「陛下、せっかく陛下のおたのみではございますが、私は、もうけっして、旅へは出まいと、神さまにお約束しましたので。」
やっと、こうお答えしました。それから、ぽつりぽつりと、今まで六ぺんの航海で出あった、いろいろさまざまなぼうけんのお話をしました。
王さまは、びっくりなさいました。けれども、どうしても、この使にだけは行ってくれ、とおっしゃるのです。
おことわりがしきれなくなって、私は「しょうちしました。」と申し上げてしまいました。
カリフさまのお使の船は、バクダッドを出立しました。
それから、おだやかな航海をつづけた後、セレンジブの島へつきました。
町の人たちは、大よろこびで、迎《むか》えに来てくれました。
私は、さっそく御殿へうかがって、役人に、私の来たわけを話しました。
役人は、私を御殿の中へつれて行きました。やがて私は、王さまの前に出ました。
王さまは、
「おお、シンドバッド、よく来てくれたね。わしは、あれからも時々お前のことを思い出して、もう一度会いたいと、思っていたんだよ。」
と、おっしゃいました。
私は、カリフさまのお手紙と、見事なおくり物とを、さし上げました。
王さまは大へんおよろこびになりました。
二三日いた後、私は帰ることにしました。そして、自分の国をさして、船をいそがせました。けれども、またまた、帰りの船で、悪いことに出あってしまったのです。
ほかでもありません、私たちは海賊《かいぞく》にあったのです。そして、船はとられるし、殺されなかった者は、みんなどれい[#「どれい」に傍点]に売られてしまいました。
私もまた、ある金持の商人のところへ、どれいに売られてしまいました。
商人は、私を買って帰ってから、
「お前は、職人かね。」と、聞きました。
「いいえ、商人です。」と、私は答えました。すると、
「では、矢を射《い》ることができるかね。」と、聞きました。
それで私は、できます、と言いますと、商人は、私に弓と矢を渡して、大きな森へつれて行きました。それから、木へのぼれと言いました。そして、
「そこで、じっと番をしていて、象がやって来たら、射るのだよ。もし、うまくあたったら、すぐに知らせにおいで。」と言って、帰って行きました。
一晩じゅう、私は見はっていました。けれども、とうとう来ませんでした。
しかし、夜があけてから、とてもたくさんの象が、ぞろぞろとやって来ました。
そこで私は、矢つぎばやに、五六本、射てみました。
すると、大きな象が一ぴき、ごろりと地の上へたおれました。ほかの象はおどろいて、みんなにげて行きました。
私は、木からおりて、主人の商人のところへ、知らせに行きました。
それから、また主人のつれ立って帰って来て、大きな象を地にうずめ、そこにしるしをつけておきました。こうしておいて、あとで、きばを取りに来るのです。
その後、ずっと私は、この仕事ばかりさせられました。そのうち、またこわい目にあうことになりました。
ある晩のこと、象が、にげて行くと思いのほか、私ののぼっている木のまわりを、とりかこんで、大きな声でうなりながら、足ぶみをしはじめたのでした。それはまるで、大じしんのようでした。そして、とうとう木の根を、引きちぎってしまいました。
木は、めりめりと大きな音を立てて、たおれてゆきました。私は、あまりのおそろしさに、気をうしなってしまいました。
しかし、すぐに気がつきましたが、その時、象は、その鼻《はな》で私をぐるっとまいて、高く持ち上げ、ぴょんと背中にのせました。私は一生けんめいに、背中にかじりつきました。
すると象は、私をのせたまま、歩き出しました。
やがて、森をぬけて、小山のふもとにつきました。この小山には、私はおどろいてしまいました。白くさらされた象の骨と、きばとで、うずまっているのです。
象は、しずかに、私を地の上へおろすと、どこかへ行ってしまいました。
私は、びっくりして、この象げ[#「象げ」に傍点]の山を、しばらく見つめていました。そして、象がこんなにかしこいちえを持っているのに、感心したのでした。
象は、私をここへつれて来て、自分たちを殺さないでも、こんなにたくさんの象げが取れるということを、教えるつもりだったのに、ちがいありません。
私は、ここはきっと、象の墓地《ぼち》なのだろうと思いました。
私はさっそく、きばを二三本拾って、町へいそいで帰りました。主人に、このことを話して聞かせたいと、思ったものですから。
主人は、私の顔を見ると、走って出て来ました。そして、
「まあ、シンドバッドや。私は、あの木の根が掘り返されていたもんだからね、お前は、死んだものだと、思いこんでいたのだよ。もうもう、お前には会われないとばっかり、思っていたのだよ。」と言って、うれし涙《なみだ》を流しました。
私は、さっそく、象げの小山の話をしました。
主人は、それを聞くと、よろこんで、とび上りました。
それから二人で、一しょに小山へ行きました。私の言った通りだったものですから、主人はますます目をぱちくりさせて、しばらくは物さえ言いませんでした。
やがて、
「シンドバッド、もうお前を、どれいでなくしよう。これからは、お前のすきなようにおし。それから、この象げを、お前も取ったらどうだね。うんと取って、お金をもうけたらいいだろう。……ああ、今まで、私のどれいが何人も何人も、この象がりのために命を捨《す》てたけれど、もうもうこれからは、そんなことをしなくても、よくなったんだねえ。まあ、これだけの象げがあったら、今に島じゅうが大金持になってしまう。」
と、言ったのでした。
それで私は、もうどれいではなくなりました。そして、大へんていねいにしてもらいました。
やがて、象げ船が入って来る時分になって、私は、この島にさようならをしました。そして、象げと、ほかの宝物を船にいっぱいつんで、ふるさとをさして帰って来ました。
バクダッドにつくと、私はすぐその足で、カリフさまの御殿へまいりました。
カリフさまは、私を見て、大へんおよろこびになりました。そして、
「シンドバッドや、わしは、ずいぶん心配していたよ。何かまた、へんなことが起ったのではないかと思ってね。」と、おっしゃいました。
それで私は、海賊《かいぞく》の話と、象の話とを、お聞かせしました。
カリフさまは、びっくりなさいました。そして、私の七へんめの航海の話を、すっかり、金の字で書きしるして、カリフさまのお宝物として、だいじにしまっておくようにと、家来にお言いつけになりました。
それから私は、家へ帰って来ました。そして、それからは、ずっと、のどかに、家にくらしています。
これで、シンドバッドの航海の話は終りました。それから、ヒンドバッドの方へ向いて、
「さて、ヒンドバッドさん。これで、どうして私が、こんな金持になったかが、おわかりになったでしょう。もう、私が、こうして、のんきにくらしているのを、不《ふ》つごうだとは、お思いにならないでしょうな。」
と、言いました。
すると、ヒンドバッドは、シンドバッドの前へ出て、ていねいにおじぎをして、その手にキッスしました。
「だんなさま、あなたさまは、そんなつらい目におあいになっても、よくがまんをなすったからこそ、こんなお金持におなりになったのでございます。あなたさまのなすった苦労《くろう》にくらべますと、私の苦労なんか、足もとへもよれないほどでございます。あなたは、きっと、行末《ゆくすえ》ながく、お仕合せにおくらしになるでございましょう。」
と、言いました。
シンドバッドは、この答えを聞いて、大へんよろこびました。そして、ヒンドバッドに、これから毎晩、ごちそうをするから、たべに来るように、と言いました。そしてまた、金貨を百円やりました。
それで、その後、ヒンドバッドは、とうとうシンドバッドのぼうけんの話を、残らずおぼえてしまいましたとさ。
底本:「アラビヤンナイト」主婦之友社
1948(昭和23)年7月10日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:京都大学点訳サークル
2004年11月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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