ともしませんでした。せっせと、小さいパンを七つと、水さしにいっぱいの水とを用意していました。そして、それを私に持たせて、穴の中へつき落し、石のふたをしてしまいました。
私はたった一人、暗い穴の中に、とじこめられてしまったのです。しばらくの間は、泣くにも泣かれませんでした。
それから七日の間は、ともかくも、少しながらもパンと水がありましたから、生きていることができました。しかし、それもとうとうなくなってしまった時、私は、いよいよ死ぬのだなと思いました。
その時、急に、ほら穴の向うがわに、何か生きた物がとびこんで来たのが、目に入りました。そして、その小さな、ねずみ色をしたものが、私の前をぴょんととんで行きました。
私は、はっと立ち上りました。そして、そのあとを追いました。すると、まもなくそれが、岩のわれ目の中へ入って行きました。私もまた、思いきって、その中へとびこみました。中は大へん、きゅうくつでした。おしつぶされるような思いをしながら、なおもそのあとをつけて行きました。そして、これは、ずいぶん来たもんだな、と思った時でした。気持のいい海の風が、熱《あつ》くなっていた私のほおに、さっと吹いてきたのです。まもなく私は、ほら穴からぬけ出すことができました。そこは、青々とした空の下の海べでした。
私がついて来た、小さなけものは、きっと、この道から入ったのでしょう。それで、出る時、私に道|案内《あんない》をしてくれたようなものでした。
それからまた、私は勇気を起して、もと来た道へ引き返しました。そして、ほら穴の中にちらばっていた、宝石を拾いあつめ、それを、こうりにつめて、また海べへ出て来ました。そして船が来るのを待つことにしました。
一日じゅう私は、じっと沖を見つめていました。
やっと次の朝になって、うれしや、とうとう一そうの船を見つめることができました。私は、さっそく、ずきんをといてふりました。それから、大きな声で呼びました。すると、まもなく、ボートがおろされて、私の方へこいで来ました。
「どうして、こんなところへ、いらっしゃったのです。私たちはまだ、ここの海岸に人がいたのを、見たことがありませんよ。」
と、ボートの水夫たちが言いました。
その時、私はどうしても、墓穴《はかあな》から出て来たのだとは、言うことができませんでした。もしも、もとのところへつれ返されたら、大へんだと思ったものですから。……それで、
「二三日前、難船《なんせん》して、やっと、このこうりだけ持って上ったのです。」と、言っておきました。
つごうのいいことには、水夫たちは、もう何にも問いませんでした。そして、すぐにボートをこぎ出して、私を本船へつれて行ってくれました。
こんなふうにして、また無事に帰って来ました。もちろん、前よりも一そう金持になりました。そして、あんなおそろしい目にあっても、助かったとは、まあなんてありがたいことだろう、と思ったのであります。
ここで、シンドバッドはやめました。そして、ヒンドバッドは、また百円もらい、またあすの晩も来るように、その時は五度めの航海の話をするから、と言われました。
五|度《ど》めの航海《こうかい》の話《はなし》
さあ、これから、五度めの航海の話をはじめようと思います。(あくる晩、みんながテーブルのまわりに腰をかけた時、シンドバッドは、こう口をきりました。)
ご存じのように、今まで、ずいぶんひどい目にあっていながら、私のぼうけんずきは、やっぱりやみませんでした。家の中にじっとしていることがじれったくて、またまた、海へ行きたくてたまらなくなりました。
そして、こんどは、ひとの船に乗らないで、自分の船を作りました。そうすれば、どこへだって、行きたいと思うところへ行けますし、したがって、したいと思うことをやって、商売ができるわけです。
さてこの船は、かなり大きゅうございましたので、ほかに五六人の商人も乗りこんでもらいました。そしてまた、海へ乗り出しました。
それから、五つ六つの港へつきました。商売は、とんとんびょうしにはこびました。
するうち、ある日のこと、ふしぎな白い円屋根のある、沙漠《さばく》のような島へ来ました。私はすぐに、ははあ、ロックの卵だなと思いました。しかし、ほかの人は、まだ、だれも見たことがないというのです。そして、ぜひ見てゆきたいから、上らせてくれというのです。仕方がないので、ゆるしました。
その人たちは、近づいて行って、ふしぎそうに見ていました。ちょうどその時は、ロックのひな[#「ひな」に傍点]が今にもかえりそうになっていた時で、少し口ばしで、からを破ろうとしておりました。
すると商人たちは、私がとめるのも聞かないで、この卵をこわしてしまいました。そし
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