アラビヤンナイト
三、アリ・ババと四十人のどろぼう
菊池寛
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)財産《ざいさん》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|枚《まい》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)ろば[#「ろば」に傍点]
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昔、ペルシャのある町に、二人の兄弟が住んでいました。兄さんの名をカシムと言い、弟の名をアリ・ババと言いました。お父さんがなくなる時、兄弟二人に、財産《ざいさん》を半分ずつに分けてくれましたので、二人は、同じような財産を持っておりました。
さて、カシムはお金持のおじょうさんをおよめさんにもらいました。それからアリ・ババは貧乏《びんぼう》な娘をおかみさんにもらいました。お金持のおじょうさんをもらったカシムは、毎日ぶらぶら遊んでくらしていましたが、そのはんたいに、アリ・ババは毎日せっせと働かなくてはなりませんでした。毎朝早くから三びきのろば[#「ろば」に傍点]を引いて森へ出かけて、木を切っては、それを町へ持って帰って売って、そのお金で、やっとその日その日をくらしてゆくというありさまでした。
ある日のこと、アリ・ババが、いつものように森へ行って木を切っていますと、はるか向うの方に、まっ黒い砂けむりが、もうもうと立っているのが見えました。その砂けむりは、見るまにこちらへ近づいて来ましたが、見れば、それはたくさんの人が馬に乗って、いそいでかけて来るのでした。
「きっと、どろぼうにちがいない。」アリ・ババはふるえながら、三びきのろばをかくして、自分はそばの木にのぼりました。そして、こわごわ様子《ようす》を見ていました。
アリ・ババののぼった木の下まで来ると、どろぼうたちは、みんな馬からとびおりました。くら[#「くら」に傍点]につけてあった袋もおろしました。
そして、そのどろぼうたちのかしららしい男が、木のそばにある岩の上にのぼって行きました。そしていきなり、
「開《ひら》け、ごま。」
と、大きな声でさけびました。すると、どうでしょう。その岩が、ぱっと二つにわれました。中には重そうな戸が閉《し》まっているのが見えました。やがて、その戸は見る見るうちにすうーっと開いてゆきました。そして、どろぼうたちが、その戸の中へどかどかと入って行くと、音もなく戸が閉まってしまいました。
やがてまもなく、どろぼうたちは出て来ました。さっきのかしらが、また、
「閉まれ、ごま。」
と、さけびました。戸はすうーっと閉まってしまいました。そして岩も、もとの岩になってしまいました。どろぼうたちはどこかへ去ってしまいました。
アリ・ババは木からおりました。そして、さっきどろぼうのかしらが言った、ふしぎな言葉《ことば》をおぼえていたものですから、岩の上へのぼって、
「開け、ごま。」と、どなってみました。
そうすると、やっぱり岩がわれて、さっきの戸が開きました。アリ・ババは中へ入って行きました。その中は大きなほら穴でした。りっぱな宝物《たからもの》や、金貨《きんか》や銀貨をつめこんだ大きな袋《ふくろ》が、すみからすみまで、ぎっしりとつみ重ねてありました。これだけのものをあつめるには、まあ何年かかったことだろうと、アリ・ババは思いました。そしておそるおそる、金貨をつめこんだ袋ばかりを六つ取り出しました。そして手早く三びきのろばにつんで、その上に金貨の袋がかくれるほど、切った木をつみ重ねました。それから、
「閉まれ、ごま。」と、大きく言いました。そうすると戸はやっぱり閉まって、岩にはあとかたもなくなりました。
アリ・ババは家へ帰って来ました。おかみさんは金貨の袋を見て、大へん悲《かな》しそうな、またこわいような顔をして、アリ・ババに泣きつきました。
「まあ、お前さん、もしかしたらこれは?……」とまで言って、それからさきはもう声が出ない様子でした。
するとアリ・ババは落ちつきはらって、
「安心おしよ。なんで私がどろぼうなんかするものかね。そりゃ、この袋は、もともとだれかがぬすんだものには、ちがいないがね。」
と、言いました。それから、金貨の袋を見つけたいちぶしじゅうを話して聞かせました。
それを聞いて、貧乏なこのおかみさんは大へんよろこびました。そして、アリ・ババが袋からつかみ出す金貨を、「一|枚《まい》、二枚」とかぞえはじめました。
そのうちアリ・ババが、ふと気がついたように顔を上げて、
「そんなかぞえ方をするのはばかだね。そんなことをしていたら、みんなかぞえてしまうには何週間かかるかわかりゃあしないよ。いっそこれは、このまんま、庭へ穴を掘《ほ》ってうずめようじゃないか。」と、言いました。
するとおかみさんは、
「でも、私たちがどれほどのお金持になったのか、知っておいた方がよござんすよ。」
そう言って、はんたいしました。そして、
「私はこれからカシム兄さんのところへ行って、ます[#「ます」に傍点]をかりて来ましょう。そのますで、私がこの金貨をはかっている間に、お前さんが穴を掘ったらいいじゃありませんか。」
と、言いました。そして、おかみさんは、カシムの家へ出かけて行きました。
カシムの家では、ちょうどカシムがるすでした。それでカシムのおかみさんに、
「姉《ねえ》さん。すみませんが、ますをかしてください。」とたのみました。
「すぐに返しに来るなら、かしてあげてもよござんす。」
カシムのおかみさんは、ぶあいそうな顔をしてこう答えました。そして、どうしてアリ・ババの家でますがいるのか、ふしぎに思ったものですから、ますの底《そこ》に少しばかりラード(ぶたの油)をぬって、かしてくれました。こうしておけば、このますで何をはかったにしろ、底にくっついて返ってくるにちがいないと考えついたからでした。
アリ・ババのおかみさんは、ますをかりて、大いそぎで帰って来ました。そして金貨をはかってしまうと、また大いそぎで返しに行きました。けれども、ますの底に、一枚の金貨がくっついていたということには、ちっとも気がつきませんでした。
「まあ、なんてことだろう。アリ・ババの家では、あんまりお金がどっさり入ったので、かぞえきれないで、ますではかったんだね。」
カシムのおかみさんは、金貨を見つけて、いまいましそうにどなりました。
カシムが帰って来て、この話を聞いて、もっともっとおこりました。そしてすぐに、アリ・ババの家へ出かけて行きました。
「何だってお前はかくすんだね。私の家内《かない》は、お前がかぞえきれないほどたくさんの金貨を手に入れたので、ますではかったってことを、ちゃあんとかぎつけてるんだよ。さあどうして、そんなにたくさんのお金をこしらえたのか、はくじょうしろ。」と、アリ・ババにしかるように申しました。
アリ・ババは、せっかくかくしていたことを知られてしまったので、がっかりしました。仕方がないので、兄さんに何もかも話してしまいました。そして、
「きっと、だれにも言わないでくださいよ。」と、言いながら、あの、「開け、ごま。」「閉まれ、ごま。」という言葉を、教えてしまいました。
カシムは、自分の家へ帰って来て、十二ひきのろばを馬やから引き出しました。そして、それを引いて森の岩をさして出かけました。岩の前まで来た時、ろばをそばの木につないでおいて、
「開け、ごま。」
と、言いました。すぐに岩がわれて、あのふしぎな戸が開きました。
もともとカシムは、大へんなよくばりやでした。それで、どろぼうたちの宝物を見て、とび上るほどよろこびました。そして、金貨の入っている大きそうな袋をえらんで、それを二十四も、戸のところまで引きずり出して来ました。そして、
「開け、大麦。」と、さけびました。
まあ、どうしたのでしょう、戸は閉まったままでした。カシムはあわてて、
「開け、あずき。」と、言ってみました。けれども、やっぱり戸は開きませんでした。それからはもうますますあわてて、
「開け、小麦。」だの、「開け、あわ。」だのと、おぼえているかぎりの、穀物《こくもつ》の名を言ってみましたけれど、やっぱり、だめでした。戸は一寸も開きませんでした。カシムは「ごま」をすっかり忘れていたのでした。
ちょうどその時、どろぼうたちが馬に乗って帰って来ました。そして、かしらが、
「開け、ごま。」
と、さけんで、ほら穴の中へ入って来ました。そして、カシムと、引きずり出した金貨の袋とを見つけてしまいました。
どろぼうたちは、自分たちの、人にかくしていたお倉《くら》を見つけられたので、大へん腹を立てました。そして、いきなりカシムをつかまえて、切り殺《ころ》して、からだの肉を切りきざんでしまいました。そして、ここへだれでも金貨をぬすみに来ないように、カシムの肉のきれを一つ一つ、ほら穴の中へつるしました。
カシムのおかみさんは、夜になってもカシムが帰って来ないので、大へん心配しました。そして、アリ・ババの家へ行って、カシムをさがしに行ってくれとたのみました。それでアリ・ババは、あくる朝早く、三びきのろばを引いて、ほら穴さして出かけました。
「開け、ごま。」そう言ってから、アリ・ババは中へ入って行きました。しかし入るとすぐに、おそれてちぢみ上ってしまいました。兄さんが殺されて、切りきざまれていましたから。アリ・ババは、ふるえながら、兄さんの切りきざまれた肉を、一きれずつていねいによせあつめて、二ひきのろばにつみました。そして、あとの一ぴきは強い小さな黒馬でしたが、これには金貨の袋を二つつみました。
アリ・ババは町へ帰って来て、まずカシムの家の戸をたたきました。すると、モルジアナという女どれい[#「どれい」に傍点]が出て来ました。この女はカシムの召使《めしつかい》の中でも、一番りこう者でありました。
アリ・ババはモルジアナを招《まね》いて、その耳に口をつけて、
「お前のご主人はね、どろぼうに切りきざまれて殺されてしまったのだよ。けれども、だれもまだこのことを知っている人はないのだからね、お前これを、だれにも知らさないですますような工夫《くふう》をしておくれ。」
と、たのみました。
それから、アリ・ババは家の中へ入って行って、カシムのおかみさんに、いっさいの話をして聞かせました。
「けっして、悲しんではいけませんよ。これからは私たちと一しょにくらしましょう。私たちの宝物も分けてあげましょう。私たちはよく気をつけて、このことを、人にさとられないようにしましょうね。」
と、約束しました。
それから、切りきざまれた、かわいそうなカシムを、ろばからおろして、となり近所の人々には、ゆうべ急病で死んだと言っておきました。
モルジアナは、だいぶはなれた町の、おじいさんのくつ[#「くつ」に傍点]屋をたずねて行きました。そして、針《はり》と糸とを持って自分と一しょに来てください、とたのみました。それから、
「お前さんにたのみたい仕事というのは、どうしても人に知られてはならないことだからね、気の毒《どく》だけれど、お前さんに目かくしをして、その家まで私が手を引いて行くのですよ。」と、言いました。
おじいさんのくつ屋は、はじめはいやだと言いましたけれども、モルジアナが金貨を一枚そっとその手ににぎらせましたら、すぐしょうちしました。モルジアナは、このくつ屋をつれて帰って来て、切りきざまれた主人の肉を、ぬいあわせるように言いつけました。くつ屋は、だれだって、ぬいあわせたとは思えないほど、かっこうよくつぎあわせました。それからモルジアナはまた、くつ屋に目かくしをして、その店までつれて行きました。
こんなふうにして、カシムが殺されたことは、だれにも知れないですみそうでした。そして、アリ・ババとそのおかみさんとは、カシムの家に引っこして行って、みんなで一しょにくらすことになりました。
けれども、その後どろぼうたちは、あのほら穴へ帰って、カシムのからだと、金貨の袋がまた二つもなくなっているのに、気がつきました。そし
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