て大へんおこりました。
「もう一人、おれたちのお倉を知っているやつがあるんだな、そいつをすぐに見つけなきゃならない。」と、さけびました。
 そうして、仲間《なかま》の一人が、どろぼうでないような風をして町へ行って、あの切りきざんだからだをぬすんで行った者を、見つけて来ることにしようと相談がきまりました。
 さて、あくる朝、どろぼうの一人が、とても早く町へやって来ました。その時分《じぶん》は、カシムのからだをぬいあわせたおじいさんのくつ屋の店は、もう戸をあけていました。
「お早う、おじいさん。大へん、ごせいが出ますね。ほう、お前さん、こんなに早くから仕事をはじめるんですか。ふむ、だが、お前さんの目が、こんなうすあかりで見えるんですかねえ。」
と、どろぼうは、さもなれなれしく声をかけました。すると、くつ屋は、
「どうしてどうして、あっしの目はね、若い者だってかなやあしないんですよ。げんに、たったきのうのことですがね、あっしゃあ、切りきざんだ人間の死がいをぬいあわせましたよ。それがお前さん、だれが見たってぬい目なんかちっともわからないように、うまくできたんですよ。」と答えたのでした。
 どろぼうは、しめたと思いました。そして、
「え? そりゃほんとうですか。そして、そりゃ、どこの、だ、だれのです。」
と、聞き返しました。
「それがね、あっしにだってわからないんです。なぜかって、あっしゃあ、目かくしをして、そこの家へつれて行かれて、また同じようにして、つれて帰ってもらったんですから。」と、くつ屋が言いました。
 すると、どろぼうは、金貨を一枚、そっとくつ屋ににぎらせました。そして、その家へつれて行ってくれないかとたのみました。
「お前さんにまた目かくしをして、私が手を引いて行ったら、おおよそのけんとうがつくでしょう。もしその家がわかったら、もっとお金をあげますよ。」と、言うのです。
 そこで、とうとうくつ屋は、しょうちしました。そして、目かくしをされて、そろそろ歩きながら、カシムの家の前まで来た時、ぴたりととまりました。そして、
「ここにちがいありません。このくらいの遠さだったと思います。」と、言いました。
 そこで、どろぼうはポケットからチョークを出して、カシムの家の戸に白い目じるしをつけました。そして大元気で、森の仲間のところへ帰って行きました。
 それからまもなく、モルジアナは、このへんな目じるしを見つけました。
 これはきっと、だんなさまに悪いことをしようとする者がつけたしるしにちがいない、とモルジアナは思いました。それで、チョークを取って来て、町じゅうのどの家の戸にも、みんな同じようなしるしをつけて歩きました。
 さて、どろぼうたちは、町へ行った仲間から、あの切りきざんだ人間の家がわかったということを聞いて、大へんよろこびました。そしてその晩、戸に白い目じるしのついている家をさして、かたきうちに出かけました。けれども、町までおしかけて来た時、どの家の戸にも同じ目じるしがついているので、どれが目ざす家だか、かいもく知れませんでした。
「ばかめ、これが、りこうな人間のすることかい。お前は、すぐに殺してやるから待っていろ。」
 かしらは、けさ見つけに来たどろぼうを、こう言ってしかりつけました。それから、
「仕方がない、どろぼうの家はおれがさがすことにしよう。」と、言いました。
 次の日、かしらは、ふつうの人のような風《ふう》をして、くつ屋の店へ行って、カシムの家を教えてもらいました。けれども、このかしらはりこう者ですから、チョークでしるしをつけたりなんかはしませんでした。気をつけてカシムの家を見て、しっかりとおぼえこんでおいて、晩のかたきうちの用意をしに、森へ帰りました。
 そして、まずはじめに、ろばを二十ぴきと、大きなかめ[#「かめ」に傍点]を三十九と持ち出しました。そして、たった一つのかめに、油をなみなみとつぎこんだきりで、ほかのかめには一人ずつどろぼうを入らせました。そして、このかめをろばにのせて、町へ出かけました。そして、カシムの家の前まで来ましたら、アリ・ババはちょうど、外へ出て夕凉《ゆうすず》みをしているところでした。
「今晩は。」
 かしらは、ていねいにおじぎをして、
「私は遠方《えんぽう》からまいった油商人でございますが、今晩だけ、とめていただけませんでしょうか。そして、この油がめをお庭のすみにでもおかせていただけたら、大へんつごうがよいのでございますが。」と、たのみました。
「ああ、よろしいとも。さあお入んなさい、さあ、さあ。」
 すぐにアリ・ババは、きげんよくしょうちしました。そして門をあけて、ろばを庭の中へ入れさせました。それから召使のモルジアナに、お客さまにごちそうをしてあげるように、と言いつけました。
 かしらは、ろばの背中から、かめを庭へおろしながら、中にいる一人々々のどろぼうに、自分が庭へ小石を投げたら、それをあいずに、かめのふたをやぶって、出て来いとつげました。
 どろぼうたちは、せまいかめの中で、じっとしんぼうしながら、あいずがあるのを、今か今かと待っていました。
 さて、台所では、モルジアナが、夕ごはんのしたくに、てんてこまいをしていました。ところが、そのいそがしいまっさいちゅうに、ランプがふっと消えてしまいました。あいにく家に油がきれていました。それで、あの庭にあるたくさんの大きなかめから、少しくらいもらったっていいだろう、と思って、ランプを持って庭へ出て行きました。そして、一ばん手近のかめのそばまで行きました。すると中から、
「もう、出る時分《じぶん》ですか。」と言う、しゃがれた声が聞えました。モルジアナは、びっくりしました。けれども、りこう者のことですから、落ちついた声で、
「まだ、まだ。」
 そう言って、次のかめのそばへ行きました。そのかめの中からも、同じようなことをたずねました。モルジアナは次から次と行きました。すると、どのかめからも、どのかめからも同じようなことをたずねました。モルジアナはどれにも同じように、「まだ、まだ。」と言っておきました。そして一番おしまいのかめにだけ、ほんとうの油がなみなみと入っていたのでありました。
「あああ、まあ、なんてふしぎな油商人なんだろう。全く、あきれてしまう。だが、これはきっと、だんなさまを殺すつもりにちがいない。」
 モルジアナは、うっかりしていては大へんだと思いました。
 そこで、すぐに大きなつぼを持って来て、一番おしまいのかめから油をくみ出して、それを火の上にかけました。そして油がにえ立つのを待って、それを、どろぼうたちのかくれているかめの中へ、次々とついで歩きました。それでどろぼうたちは、みんな殺されてしまいました。
 こんなにしてしまったものですから、かしらが庭をめがけて小石を投げた時は、どろぼうは一人だって出て来ませんでした。それで、かしらが庭へ出て、かめの中をのぞきますと、どろぼうたちはみんな死んでいたのでした。せっかくのかたきうちは、すっかりあべこべになってしまったのでした。かしらは、ほうほうのていで、森へにげて帰りました。
 あくる朝、モルジアナは、アリ・ババを庭へつれ出して、かめの中をのぞかせました。アリ・ババは人がいるのを見て、とび上るほどおどろきました。けれども、モルジアナが、手っとり早く、すっかり話をして聞かせましたので、どろぼうは、みんな死んでしまっているのだということがわかりました。
 アリ・ババは、こんな大きなさいなんからのがれたことがわかって、大へんよろこびました。そして、モルジアナに、
「ありがとう、ほんとうにありがとう。もうお前はどれいをやめてもいい。お前を自由な身にしてあげよう。また、そのほかにごほうびもあげよう。」と、言いました。

 さて、どろぼうのかしらは、手下が一人もいなくなったので、森のほら穴で、ただ一人、大そうさびしく、また悲しい月日をおくっていました。けれども、アリ・ババへかたきうちをすることは、前よりももっともっと熱心《ねっしん》に考えていました。そして、またある一つの方法を考えつきました。そして、さっそく大きな商人のような顔をして、アリ・ババの息子《むすこ》の店のお向いに店を出しました。
 この大商人は大そう金持で、そして大そうしんせつでありましたから、アリ・ババの息子は、すぐにこの人をすきになりました。それで、お近づきのしるしとして、お父さんの家の晩ごはんによぶことにしました。しかし、このにせの商人は、アリ・ババの家へ行った時、アリ・ババに向って、
「あなたとご一しょにごはんをいただきたいのは山々でございますが、じつは私は、神さまに塩《しお》を食べませんと言ってお約束《やくそく》しているのでございます。それで、家でも、とくべつにいつも塩ぬきのりょうりをさせているようなわけでございますから、どうかあしからず。」
と言って、ごはんをたべることをことわりました。するとアリ・ババは、
「まあ、そんなことなら、ぞうさもないことでございますよ。今晩は、いっさい、塩を入れないように申しつけますから。」と言って、引きとめました。
 モルジアナは、この言いつけを聞いた時、少しへんだなと思いました。それで、おきゅうじに出た時、お客さまをよく気をつけて見ました。ところが、どうでしょう、そのお客さまはどろぼうのかしらで、しかも、そで[#「そで」に傍点]の中に短刀《たんとう》をかくして持っているのがわかりました。モルジアナはおどろいてしまいました。
「ふん、かたきと一しょに、塩をたべないのはふしぎじゃない。」と、モルジアナは心のうちでつぶやきました。ペルシャには、こういう迷信《めいしん》があるのです。
 モルジアナは、すぐに自分のへやへもどって来て、おどり子の着る着物を着ました。そして、晩ごはんが終った頃を見はからって、短刀を片手ににぎって、お客さまのざしきへおどりをおどりに出ました。
 モルジアナは大そうじょうずにおどって、みんなにかっさいされました。にせの商人は、さいふから金貨を一枚出して、モルジアナのタンボリン(手つづみ)の中へ入れました。その時モルジアナは、片手に持っていた短刀を、やにわに商人の胸《むね》につきさしました。
「ふとどき者め、お客さまをどうしようというのだ。」
 アリ・ババがしかりつけました。するとモルジアナは落ちついて、
「いいえ、私はあなたの命をお助けしたのでございます。これをごらんくださいまし。」
と言って、商人がそでの中にかくしていた短刀を取り出して見せました。そして、この商人が、ほんとうは何者であったかということを申しのべました。
 それを聞くと、アリ・ババは、ありがた涙《なみだ》にくれて、モルジアナをだきしめました。
「お前はわしの息子のおよめさんになっておくれ、そしてわしの娘になっておくれ、それがわしにできる一番の恩返しだ。」と、言いました。
 さて、それからずいぶん後までも、アリ・ババは、こわがって、あのふしぎなほら穴へ行ってみようとはしませんでした。しかし、ある年の末、もう一度行ってみました。ところが、どろぼうたちが死んでからは、だれも来ないらしく、中は昔のままでありました。それでもう、こわい者が一人もいなくなったことがわかりました。
 それから後は、「開け、ごま。」と、アリ・ババが、まほう[#「まほう」に傍点]の言葉を唱《とな》えさえすれば、あのふしぎな戸がすうーっと開いて、穴の中には、持ち出しても、持ち出してもつきることのないほどの、宝がありました。それで、アリ・ババは、国じゅうでならぶ者もないほどの、大金持になってしまいました。



底本:「アラビヤンナイト」主婦之友社
   1948(昭和23)年7月10日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:京都大学点訳サークル
2004年11月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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