シムの家の戸をたたきました。すると、モルジアナという女どれい[#「どれい」に傍点]が出て来ました。この女はカシムの召使《めしつかい》の中でも、一番りこう者でありました。
 アリ・ババはモルジアナを招《まね》いて、その耳に口をつけて、
「お前のご主人はね、どろぼうに切りきざまれて殺されてしまったのだよ。けれども、だれもまだこのことを知っている人はないのだからね、お前これを、だれにも知らさないですますような工夫《くふう》をしておくれ。」
と、たのみました。
 それから、アリ・ババは家の中へ入って行って、カシムのおかみさんに、いっさいの話をして聞かせました。
「けっして、悲しんではいけませんよ。これからは私たちと一しょにくらしましょう。私たちの宝物も分けてあげましょう。私たちはよく気をつけて、このことを、人にさとられないようにしましょうね。」
と、約束しました。
 それから、切りきざまれた、かわいそうなカシムを、ろばからおろして、となり近所の人々には、ゆうべ急病で死んだと言っておきました。
 モルジアナは、だいぶはなれた町の、おじいさんのくつ[#「くつ」に傍点]屋をたずねて行きました。そして、針《はり》と糸とを持って自分と一しょに来てください、とたのみました。それから、
「お前さんにたのみたい仕事というのは、どうしても人に知られてはならないことだからね、気の毒《どく》だけれど、お前さんに目かくしをして、その家まで私が手を引いて行くのですよ。」と、言いました。
 おじいさんのくつ屋は、はじめはいやだと言いましたけれども、モルジアナが金貨を一枚そっとその手ににぎらせましたら、すぐしょうちしました。モルジアナは、このくつ屋をつれて帰って来て、切りきざまれた主人の肉を、ぬいあわせるように言いつけました。くつ屋は、だれだって、ぬいあわせたとは思えないほど、かっこうよくつぎあわせました。それからモルジアナはまた、くつ屋に目かくしをして、その店までつれて行きました。
 こんなふうにして、カシムが殺されたことは、だれにも知れないですみそうでした。そして、アリ・ババとそのおかみさんとは、カシムの家に引っこして行って、みんなで一しょにくらすことになりました。

 けれども、その後どろぼうたちは、あのほら穴へ帰って、カシムのからだと、金貨の袋がまた二つもなくなっているのに、気がつきました。そして大へんおこりました。
「もう一人、おれたちのお倉を知っているやつがあるんだな、そいつをすぐに見つけなきゃならない。」と、さけびました。
 そうして、仲間《なかま》の一人が、どろぼうでないような風をして町へ行って、あの切りきざんだからだをぬすんで行った者を、見つけて来ることにしようと相談がきまりました。
 さて、あくる朝、どろぼうの一人が、とても早く町へやって来ました。その時分《じぶん》は、カシムのからだをぬいあわせたおじいさんのくつ屋の店は、もう戸をあけていました。
「お早う、おじいさん。大へん、ごせいが出ますね。ほう、お前さん、こんなに早くから仕事をはじめるんですか。ふむ、だが、お前さんの目が、こんなうすあかりで見えるんですかねえ。」
と、どろぼうは、さもなれなれしく声をかけました。すると、くつ屋は、
「どうしてどうして、あっしの目はね、若い者だってかなやあしないんですよ。げんに、たったきのうのことですがね、あっしゃあ、切りきざんだ人間の死がいをぬいあわせましたよ。それがお前さん、だれが見たってぬい目なんかちっともわからないように、うまくできたんですよ。」と答えたのでした。
 どろぼうは、しめたと思いました。そして、
「え? そりゃほんとうですか。そして、そりゃ、どこの、だ、だれのです。」
と、聞き返しました。
「それがね、あっしにだってわからないんです。なぜかって、あっしゃあ、目かくしをして、そこの家へつれて行かれて、また同じようにして、つれて帰ってもらったんですから。」と、くつ屋が言いました。
 すると、どろぼうは、金貨を一枚、そっとくつ屋ににぎらせました。そして、その家へつれて行ってくれないかとたのみました。
「お前さんにまた目かくしをして、私が手を引いて行ったら、おおよそのけんとうがつくでしょう。もしその家がわかったら、もっとお金をあげますよ。」と、言うのです。
 そこで、とうとうくつ屋は、しょうちしました。そして、目かくしをされて、そろそろ歩きながら、カシムの家の前まで来た時、ぴたりととまりました。そして、
「ここにちがいありません。このくらいの遠さだったと思います。」と、言いました。
 そこで、どろぼうはポケットからチョークを出して、カシムの家の戸に白い目じるしをつけました。そして大元気で、森の仲間のところへ帰って行きました。
 それからまもなく、モ
前へ 次へ
全6ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング