ルジアナは、このへんな目じるしを見つけました。
これはきっと、だんなさまに悪いことをしようとする者がつけたしるしにちがいない、とモルジアナは思いました。それで、チョークを取って来て、町じゅうのどの家の戸にも、みんな同じようなしるしをつけて歩きました。
さて、どろぼうたちは、町へ行った仲間から、あの切りきざんだ人間の家がわかったということを聞いて、大へんよろこびました。そしてその晩、戸に白い目じるしのついている家をさして、かたきうちに出かけました。けれども、町までおしかけて来た時、どの家の戸にも同じ目じるしがついているので、どれが目ざす家だか、かいもく知れませんでした。
「ばかめ、これが、りこうな人間のすることかい。お前は、すぐに殺してやるから待っていろ。」
かしらは、けさ見つけに来たどろぼうを、こう言ってしかりつけました。それから、
「仕方がない、どろぼうの家はおれがさがすことにしよう。」と、言いました。
次の日、かしらは、ふつうの人のような風《ふう》をして、くつ屋の店へ行って、カシムの家を教えてもらいました。けれども、このかしらはりこう者ですから、チョークでしるしをつけたりなんかはしませんでした。気をつけてカシムの家を見て、しっかりとおぼえこんでおいて、晩のかたきうちの用意をしに、森へ帰りました。
そして、まずはじめに、ろばを二十ぴきと、大きなかめ[#「かめ」に傍点]を三十九と持ち出しました。そして、たった一つのかめに、油をなみなみとつぎこんだきりで、ほかのかめには一人ずつどろぼうを入らせました。そして、このかめをろばにのせて、町へ出かけました。そして、カシムの家の前まで来ましたら、アリ・ババはちょうど、外へ出て夕凉《ゆうすず》みをしているところでした。
「今晩は。」
かしらは、ていねいにおじぎをして、
「私は遠方《えんぽう》からまいった油商人でございますが、今晩だけ、とめていただけませんでしょうか。そして、この油がめをお庭のすみにでもおかせていただけたら、大へんつごうがよいのでございますが。」と、たのみました。
「ああ、よろしいとも。さあお入んなさい、さあ、さあ。」
すぐにアリ・ババは、きげんよくしょうちしました。そして門をあけて、ろばを庭の中へ入れさせました。それから召使のモルジアナに、お客さまにごちそうをしてあげるように、と言いつけました。
かしらは、ろばの背中から、かめを庭へおろしながら、中にいる一人々々のどろぼうに、自分が庭へ小石を投げたら、それをあいずに、かめのふたをやぶって、出て来いとつげました。
どろぼうたちは、せまいかめの中で、じっとしんぼうしながら、あいずがあるのを、今か今かと待っていました。
さて、台所では、モルジアナが、夕ごはんのしたくに、てんてこまいをしていました。ところが、そのいそがしいまっさいちゅうに、ランプがふっと消えてしまいました。あいにく家に油がきれていました。それで、あの庭にあるたくさんの大きなかめから、少しくらいもらったっていいだろう、と思って、ランプを持って庭へ出て行きました。そして、一ばん手近のかめのそばまで行きました。すると中から、
「もう、出る時分《じぶん》ですか。」と言う、しゃがれた声が聞えました。モルジアナは、びっくりしました。けれども、りこう者のことですから、落ちついた声で、
「まだ、まだ。」
そう言って、次のかめのそばへ行きました。そのかめの中からも、同じようなことをたずねました。モルジアナは次から次と行きました。すると、どのかめからも、どのかめからも同じようなことをたずねました。モルジアナはどれにも同じように、「まだ、まだ。」と言っておきました。そして一番おしまいのかめにだけ、ほんとうの油がなみなみと入っていたのでありました。
「あああ、まあ、なんてふしぎな油商人なんだろう。全く、あきれてしまう。だが、これはきっと、だんなさまを殺すつもりにちがいない。」
モルジアナは、うっかりしていては大へんだと思いました。
そこで、すぐに大きなつぼを持って来て、一番おしまいのかめから油をくみ出して、それを火の上にかけました。そして油がにえ立つのを待って、それを、どろぼうたちのかくれているかめの中へ、次々とついで歩きました。それでどろぼうたちは、みんな殺されてしまいました。
こんなにしてしまったものですから、かしらが庭をめがけて小石を投げた時は、どろぼうは一人だって出て来ませんでした。それで、かしらが庭へ出て、かめの中をのぞきますと、どろぼうたちはみんな死んでいたのでした。せっかくのかたきうちは、すっかりあべこべになってしまったのでした。かしらは、ほうほうのていで、森へにげて帰りました。
あくる朝、モルジアナは、アリ・ババを庭へつれ出して、かめの中をのぞ
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