かせました。アリ・ババは人がいるのを見て、とび上るほどおどろきました。けれども、モルジアナが、手っとり早く、すっかり話をして聞かせましたので、どろぼうは、みんな死んでしまっているのだということがわかりました。
アリ・ババは、こんな大きなさいなんからのがれたことがわかって、大へんよろこびました。そして、モルジアナに、
「ありがとう、ほんとうにありがとう。もうお前はどれいをやめてもいい。お前を自由な身にしてあげよう。また、そのほかにごほうびもあげよう。」と、言いました。
さて、どろぼうのかしらは、手下が一人もいなくなったので、森のほら穴で、ただ一人、大そうさびしく、また悲しい月日をおくっていました。けれども、アリ・ババへかたきうちをすることは、前よりももっともっと熱心《ねっしん》に考えていました。そして、またある一つの方法を考えつきました。そして、さっそく大きな商人のような顔をして、アリ・ババの息子《むすこ》の店のお向いに店を出しました。
この大商人は大そう金持で、そして大そうしんせつでありましたから、アリ・ババの息子は、すぐにこの人をすきになりました。それで、お近づきのしるしとして、お父さんの家の晩ごはんによぶことにしました。しかし、このにせの商人は、アリ・ババの家へ行った時、アリ・ババに向って、
「あなたとご一しょにごはんをいただきたいのは山々でございますが、じつは私は、神さまに塩《しお》を食べませんと言ってお約束《やくそく》しているのでございます。それで、家でも、とくべつにいつも塩ぬきのりょうりをさせているようなわけでございますから、どうかあしからず。」
と言って、ごはんをたべることをことわりました。するとアリ・ババは、
「まあ、そんなことなら、ぞうさもないことでございますよ。今晩は、いっさい、塩を入れないように申しつけますから。」と言って、引きとめました。
モルジアナは、この言いつけを聞いた時、少しへんだなと思いました。それで、おきゅうじに出た時、お客さまをよく気をつけて見ました。ところが、どうでしょう、そのお客さまはどろぼうのかしらで、しかも、そで[#「そで」に傍点]の中に短刀《たんとう》をかくして持っているのがわかりました。モルジアナはおどろいてしまいました。
「ふん、かたきと一しょに、塩をたべないのはふしぎじゃない。」と、モルジアナは心のうちでつぶやきました。ペルシャには、こういう迷信《めいしん》があるのです。
モルジアナは、すぐに自分のへやへもどって来て、おどり子の着る着物を着ました。そして、晩ごはんが終った頃を見はからって、短刀を片手ににぎって、お客さまのざしきへおどりをおどりに出ました。
モルジアナは大そうじょうずにおどって、みんなにかっさいされました。にせの商人は、さいふから金貨を一枚出して、モルジアナのタンボリン(手つづみ)の中へ入れました。その時モルジアナは、片手に持っていた短刀を、やにわに商人の胸《むね》につきさしました。
「ふとどき者め、お客さまをどうしようというのだ。」
アリ・ババがしかりつけました。するとモルジアナは落ちついて、
「いいえ、私はあなたの命をお助けしたのでございます。これをごらんくださいまし。」
と言って、商人がそでの中にかくしていた短刀を取り出して見せました。そして、この商人が、ほんとうは何者であったかということを申しのべました。
それを聞くと、アリ・ババは、ありがた涙《なみだ》にくれて、モルジアナをだきしめました。
「お前はわしの息子のおよめさんになっておくれ、そしてわしの娘になっておくれ、それがわしにできる一番の恩返しだ。」と、言いました。
さて、それからずいぶん後までも、アリ・ババは、こわがって、あのふしぎなほら穴へ行ってみようとはしませんでした。しかし、ある年の末、もう一度行ってみました。ところが、どろぼうたちが死んでからは、だれも来ないらしく、中は昔のままでありました。それでもう、こわい者が一人もいなくなったことがわかりました。
それから後は、「開け、ごま。」と、アリ・ババが、まほう[#「まほう」に傍点]の言葉を唱《とな》えさえすれば、あのふしぎな戸がすうーっと開いて、穴の中には、持ち出しても、持ち出してもつきることのないほどの、宝がありました。それで、アリ・ババは、国じゅうでならぶ者もないほどの、大金持になってしまいました。
底本:「アラビヤンナイト」主婦之友社
1948(昭和23)年7月10日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:京都大学点訳サークル
2004年11月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネット
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