からはじめて、きげんよくお目ざめになったのでした。太陽《たいよう》はうらうらとかがやいて、小鳥は楽しそうにさえずっていました。お姫さまは、外の景色《けしき》でもながめようと思って、まどの方へ歩いておいでになりました。そして、まどの下にだれか立っている者があるのを、ごらんになりました。よくよく見ると、それはアラジンでありました。
 お姫さまは声を立てておよろこびになって、いそいで、まどをお開きになりました。この音でアラジンは、ふっと上を見上げたのであります。
 それから、アラジンは、いくつもいくつもの戸をうまく通りぬけて、お姫さまのへやへ入って行きました。そして、うれしさのあまり、お姫さまをしばらくだきしめていましたが、やがて顔を上げて、
「お姫さま、あの大広間のすみのかべにかけてあった、古いランプがどうなったか、ご存じではございませんか。」と、申しました。
 するとお姫さまは、
「ああ、だんなさま、私どうしましょう。私がうっかりしていたので、こんな悲しいことになってしまったんです。」と言って、あのおじいさんのまほう使が、商人の風をして来て、新しいランプと古いランプととりかえてあげると言って、こんなことをしてしまったお話をなさいました。そして、
「今も持っていますよ。いつだって、上着《うわぎ》の中へかくして、持ち歩いていますよ。」と、おっしゃいました。
「お姫さま、私はそのランプをとり返さなきゃなりません。ですから、あなたもどうか私にかせいしてくださいませ。今晩、まほう使があなたとご一しょに、ごはんをたべる時、あなたは一番いい着物を着て、そしてしんせつそうなふうをして、おせじを言ってやってくださいまし。それから、アフリカのお酒《さけ》が少し飲みたいとおっしゃいませ。するとあの男が、それをとりに行きますからね。その時が来たら、私がまたあなたのおそばへ行って、こうこうしてくださいませ、と申し上げますから。」
と、アラジンが申しました。
 さてその晩、お姫さまは一番いい着物をお召しになりました。そして、まほう使が入って来た時、にこにこして、いかにもしんせうそうなふうをなさいました。まほう使が、これはゆめではないかと思ったほどでした。なぜかというと、お姫さまは、ここへつれて来られてからというものは、いつもいつも悲しそうな顔をしているか、そうでない時は、おこった顔をしていらっしゃるかでしたから。
「私、たぶん、アラジンは死んでしまったのだろうと思いますの。ですから、私、あなたのおよめさんになりたいと思っています。まあ、それはともかく、さあ、ごはんにしましょう。おや、きょうもやっぱり、しなのお酒ですのね。私、しなのお酒にはもうあいてしまいましたから、アフリカのお酒を持って来てくださいな。」
と、お姫さまがおっしゃいました。
 アラジンは、そのまに、粉を用意して来て、お姫さまに、ご自分のおさかずきの中へ入れてください、とたのみました。そして、まほう使がアフリカのお酒を持って帰って来た時、お姫さまは、粉を入れたおさかずきに、そのお酒をなみなみとおつぎになりました。そして、これから仲よくなるしるしですから飲んでください、と言って、まほう使におさしになりました。まほう使はよろこんで、それに口をつけました。しかし、それをみんな飲みほさないうちに、床《ゆか》の上にたおれて死んでしまいました。
 アラジンは、かくれていた次のへやからとんで出て来て、まほう使の上着の中をさがしまわしました。そして、まほうのランプをとり出して、大よろこびでそれをこすりました。
 おばけが出て来ますと、すぐに御殿をしなへ持って帰って、もとの場所に立てるようにと言いつけました。
 次の朝、王さまは大そう早く目をおさましになりました。王さまは悲しくておねむりになることができなかったのです。そして、まどのところへ行ってごらんになると、アラジンの御殿が、もとのところに立っているではありませんか。王さまは、うそではないかとお思いになりました。それで何べんも何べんも目をこすっては、じっと御殿の方をごらんになりました。
「ゆめではないのかしら。朝の光を受けて前よりももっと美しく見える。」とおっしゃいました。
 それからまもなく、馬に乗って、アラジンの御殿をさして、走っていらっしゃいました。そして、アラジンとお姫さまとを両手にだきしめて、およろこびになりました。二人はアフリカのまほう使の話をしてお聞かせしました。アラジンはまた、まほう使の死がいもお目にかけました。
 それからまた、昔のような楽しい日がつづきました。

 しかし、まだもう一つアラジンに心配が残っていました。それは、アフリカのまほう使の弟《おとうと》も、やっぱりまほうを使っていたからです。そして、その弟は、兄さんよりももっと悪者だったからであります。
 はたして、その弟がかたきうちのために、しなへやって来ました。アラジンをひどい目にあわせて、まほうのランプをぶんどって来ようと決心して来たのであります。そして、しなへつくとすぐに、こっそり、まずファティマという尼《あま》さんをたずねて行きました。そして、上着とベールとを、むりやりにかしてもらいました。それから、このことがほかの人に知られてはいけないと思って、尼さんを殺してしまいました。
 さて、この悪者のまほう使は、尼さんの上着とベールとをつけて、アラジンの御殿の近くの町を通りました。町の人々は、ほんとうの尼さんだと思って、ひざまずいてその上着にキッスしました。
 まもなく、お姫さまは、ファティマが町を通っているということをお聞きになりました。それで、すぐ御殿へ来てくれるようにと、使をおやりになりました。お姫さまは、ファティマをしじゅう見たい見たいと思っていらっしたものですから、尼さんが来た時、大へんていねいにおもてなしなさいました。そして大広間へつれておいでになって、同じ長いす[#「いす」に傍点]に腰《こし》かけながら、
「このへやがお気に召しまして。」と、お聞きになりました。
 まほう使はベールを深くかぶったままで、
「ほんとうに、目がさめるほどおきれいでございますこと。ですけれども、私このおへやに、たった一つほしいと思うものがございますのよ。それはほかでもございません、ロック鳥《ちょう》の卵が、あの高い天じょうのまん中からぶらさがっていたら、もう申し分なしだと思いますわ。」と、答えました。
 これをお聞きになってお姫さまは、何だか急に、この大広間がものたりないように思いはじめになりました。そして、アラジンが入って来た時、大へん悲しそうな顔をしていらっしゃいました。アラジンは、何事が起ったのですか、とたずねました。お姫さまは、
「私、この天じょうから、ロック鳥の卵がぶらさがっていなきゃあ、何だか悲しいんですもの。」と、おっしゃいました。
「そんなことなら、ぞうさないじゃございませんか。」と、アラジンはこともなげに言ってランプをおろして、廊下《ろうか》へ出てあのおばけを呼びました。
 けれども、ランプのおばけは、その命令を聞くと、大へんおこりました。顔をぶるぶるふるわせながら、アラジンをしかりつけました。
「大ばか者、そんなものを私がやられると思っているのか。お前は私のご主人を殺して、あの天じょうからぶらさげてくれというのか。そんなばかは、死んでしまうがいいや。」
 おばけの目は、まるで石炭がもえている時のように、まっ赤になっていました。しかし、やがて言葉をやわらげて、
「だけれども、それはお前の心から出た願いでないということを、私はよーっく知っているのだよ。それは尼《あま》さんの風をしている、悪者のまほう使が言わせたのだろう。」
と、言いました。そして、おばけは消えました。アラジンは、お姫さまが待っているへやへ、いそいで行きました。そして、
「私は、ずつうがしてなりません。尼さんを呼んでくださいませんか。あの方のお手でさすっていただいたら、きっとなおるだろうと思います。」と、お姫さまに申しました。
 すぐに、にせのファティマが来ました。アラジンはとびついて、その胸へ、短刀《たんとう》をつきさしました。
「どうなすったのです。まあ、あなたは尼さんを殺すのですか。」
 お姫さまは泣き声でとがめました。
「これは、尼さんではございません。これは私たちを殺しに来たまほう使です。」と、アラジンが申しました。
 こんなにして、アラジンは二人の悪いまほう使の悪だくみからのがれました。そして、もうこの世の中には、だれもアラジンの仕合せのじゃまをする者はなくなりました。
 アラジンとお姫さまは、長い間たのしくくらしました。そして、王さまがおかくれになった時、二人はとうとう、王さまとおきさきさまになりました。そして国をよくおさめました。いつまでもいつまでもその国はさかえたということであります。



底本:「アラビヤンナイト」主婦之友社
   1948(昭和23)年7月10日初版発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
入力:大久保ゆう
校正:京都大学点訳サークル
2004年11月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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